新古典主義建築の邸宅ヴィラ・ピニャテッリ

Villa Pignatelli

広い庭を挟んだ白亜の邸宅ヴィラ・ピニャテッリからはナポリ湾が望める (c)Ewa Kawamura


Villa Pignatelli

ペストゥムのギリシャ神殿を彷彿とされるドーリス柱が並ぶベランダ (c)Ewa Kawamura

ナポリの海岸大通りに沿った市民公園の前をはしる、リヴィエラ・ディ・キアイア通りにある大邸宅ヴィラ・ピニャテッリ。ここは、最後の所有者ピニャテッリ家が戦後に国家へ寄贈して以来、博物館として一般公開されています。建物は1826年に、ナポリ生まれの建築家ピエトロ・ヴァレンテ(Pietro Valente、1796-1859)によって設計された新古典主義様式。ファサードの1階にはペストゥムのギリシャ神殿からインスパイアされたドーリス式の柱が並び、2階の付け柱はイオニア式、その上には三角破風が頂いた意匠となっています。

19世紀半ばには、あのロスチャイルド家が所有していた

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ロスチャイルド家の所有期に内装を一新した「赤の間」と呼ばれるサロン (c)Ewa Kawamura


Villa Pignatelli

「図書室」とよばれる本棚のあるサロンは、アクトン家時代はビリヤード室だった (c)Ewa Kawamura

このヴィラの建設を依頼した最初の所有者は、英国貴族のフェルディナンド・アクトンで、その父はナポリ王室の大臣を務めたジョン・アクトンです。アクトンの死後、1841年にこのヴィラを購入したのは、ナポリでも銀行業を広げようとやってきたフランクフルトのロスチャイルド家の一員、カール・マイアー・フォン・ロートシルト。そのときに、ナポリで活躍する重鎮建築家ガエターノ・ジェノヴェーゼ(Gaetano Genovese、1795-1875)によって「赤の間」とよばれるサロンの内装が一新されました。

ポンペイ風に内装した部屋もある!

Villa Pignatelli

ポンペイ遺跡の壁画を模した内装のある「ポンペイの間」 (c)Ewa Kawamura


Villa Pignatelli

ピニャテッリ家の肖像写真がかかっている「青の間」(c)Ewa Kawamura

1861年のイタリア統一によって、ナポリ王国は終わり、ナポリの経済も悪化しはじめたので、ロスチャイルド家は撤退。1867年、ヴィラは貴族のピニャテッリ家に売却されました。ロスチャイルドとピニャテッリ家時代の内装は、実はあまり個性があるものとはいえません。館内で一番古く、ナポリらしい特異な内装が残っているのは、ヴァレンテの後継者である建築家グリエルモ・ベーキ(Gugielmo Bechi、1791-1852)のデザインしたポンペイ風の小部屋でしょう。ベーキはポンペイ遺跡の研究も行った考古学者でもあったので、そのこだわりには目を見張るものがあり、必見です。

Villa Pignatelli

ヴィラ・ピニャテッリの舞踏室、ベーキ設計のヴォールト天井はポンペイの浴場からインスパイアされた (c)Ewa Kawamura

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Museo Pignatelli(ピニャテッリ博物館)
馬車博物館(Museo delle Carrozze)も併設。2階と地下は企画・特別展のときに開館。
住所:Riviera di Chjaia 200 80121 Napoli
TEL:+39 081 7612356
入館料:2ユーロ
営業時間:8:30~14:00(入館は13:00まで)
休館日:火曜日
アクセス:ナポリ王宮(プレビシート広場)から徒歩20分。パルテノペ通りのホテル街からは徒歩15分。ヴィットリア広場から徒歩7分。
フェイスブックもあります



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