12月4~15日=赤坂ACTシアター
『スクルージ』
【見どころ】
バレエの世界ではクリスマスの定番と言えば『くるみ割り人形』ですが、ミュージカル界の定番はこれ!となりつつあるのが92年に英国で初演された本作。誰もが知っているディケンズの名作を、レスリー・ブリッカスの親しみやすい音楽とともにミュージカル化したのが本作です。どケチで思いやりのない老人スクルージが、クリスマス・イブに3人の精霊に出会う。思い出や未来を見せられ、衝撃を受けたスクルージ老人は…。
94年の日本初演から95年、97年、99年、13年と何度もスクルージ役を手掛けている市村正親さんをはじめ、武田真治さん、笹本玲奈さん、田代万里生さん、香寿たつきさん、今井清隆さんら、豪華キャストが集結。再演ならではの安心感のもと、心温まる物語にひととき、たっぷり浸れることでしょう。
【稽古場レポート】
『スクルージ』稽古より。(C)Marino Matsushima
この日、展開していたのはスクルージが「現在の精霊」に導かれ、甥(田代万里生さん)の家のパーティーを眺めに行くシーン。彼の姿が目に見えない人々に好き勝手なことを言われ、スクルージは少なからずショックを受けながらも、人々が楽しそうに歌い語らう光景に胸躍らせます。既に動きも歌もおおむね体に入り、ディテールを詰めながらしっかり定着させている皆さん。その中でも市村さんは、自らスクルージとして表情豊かに動きつつ、若いアンサンブル俳優に「君はいい声だから、ここはこういうふうに言うと(言葉が)立つよ」「ここはこう動いたほうがいいんじゃないかな」と細やかに指摘しています。俳優がその通りにやってみるとなるほど、俄然会話が面白くなり、場面に立体感が加わってゆく。再演を重ねる作品だからこその、市村さんの深い作品理解、そして愛情に唸らされるひと時でした。
『スクルージ』稽古より。甥っ子役・田代万里生さんののびやかな演技も光ります。(C)Marino Matsushima
その後の取材で市村さんは、「(本作は)『ミス・サイゴン』同様、何度やっても新鮮さを感じる、いい作品。だからこそ、若い子たちに(意見を)言いたくなる。最近の若い世代は出しゃばってはいけないと思うのか、失敗したくないのか、どこか“待っている”。でも稽古場と言うのは恥をかく場だと思うんだ。僕も蜷川(幸雄)さんや浅利(慶太)さんにはいっぱいダメ出しをされたけれど、それは僕の大事な財産。そういう意識を持ってもらって、みんなでよりリアルな芝居を目指していきたい」と、本作への思い入れを吐露。「自分自身は、再演を重ねるごとに演技がどんどんシンプルになっていくような気がしています。本作ではスクルージの現在、過去、未来への旅を通して、誰もが自分を見つめなおすことができる。皆さんもご一緒に、素敵な人生の旅をしてみませんか?」
【観劇レポート】
ミュージカルの“理想形”に到達した
緩急自在の“人間賛歌”
『スクルージ』撮影:田中亜紀
舞台は19世紀ロンドン。クリスマスの買い出しに繰り出した人々による、賑々しくも壮麗なコーラス「クリスマス・キャロル」で幕を開けると、舞台は主人公スクルージの徹底した守銭奴ぶりを描いてゆきます。スクルージ役の市村正親さんは頑なな中にも「プププププン!」等、随所にユーモアをちりばめた演技で、大人たちはもちろん、子供たちもたちどころに物語の世界へ。フライングや瞬間移動のトリック(?)などの仕掛けも円滑で、目が離せません。
『スクルージ』撮影:田中亜紀
しかしスクルージがマーレーの予言通りクリスマスの精霊たちに導かれ、過去・現在・未来への旅を始めると、作品世界には無邪気なおとぎ話のトーンに加え、“踏み間違えてしまった人生への悔悟”という痛切なテーマが登場。“過去”のシーンで若き日のスクルージが恋人と歌うナンバー「しあわせ」の、歌詞とはうらはらに哀切なメロディが終盤にも登場することで、最終的な彼の変化が決して精霊たちの“脅し”によるものではなく、彼自身の“気づき”に起因することを印象付け、様々な過去を持つ大人の観客たちの心に、深い余韻を残します。
再演を重ねて練り上げた緩急自在の台詞術や歌唱で各場面を盛り上げつつも、常にその芯にあるスクルージの“心の旅路”を鮮やかに浮かび上がらせる市村さん。白髪の老人スクルージが終盤、限られた時間を意識しながらも“(人生をもう一度)始めるぞ 俺は”と誓う姿には演技を超えた“魂”が宿り、心動かされずにはいられません。
『スクルージ』撮影:田中亜紀
また善良そのもののスクルージの部下役・武田真治さん、豪快かつ楽天的なオーラで登場しつつ人生の真実を鋭く指摘する現在の精霊役・今井清隆さん、好青年の甥っ子と若き日のスクルージの二役を演じ分け、とりわけ後者での情感豊かな歌唱が印象的な田代万里生さん、優しくはかなげな過去の精霊と率直なボブの妻を演じ分ける香寿たつきさん、本作で最も有名なナンバー「ありがとう」を躍動感いっぱいにリードするトム・ジェンキンス役・畠中洋さんをはじめ、笹本玲奈さん、今陽子さん、安崎求さん、阿部裕さん、子役の加藤憲史郎さん(wキャスト)ら共演の皆さんも、的確かつ丁寧な演技で、スクルージの物語を豊かに彩ります。
『スクルージ』撮影:田中亜紀
現代日本とはまた一味異なる幸福感に溢れたクリスマスの情景を楽しむのもよし、豪華キャストの安定感たっぷりの演技をじっくり味わうもよし、スクルージの物語に身をつまされ、ひととき自分の“生き方”を顧みるも良し。最後には誰もがきっと、改めて人生が愛おしく感じられ、心が温められる本作、“ミュージカルかくあれかし”という、理想的な舞台となっています。
*次頁で『CHICAGO』以降の作品をご紹介します!