歌舞伎

歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」を見よう~その成り立ち~

三大名作とよばれる「仮名手本忠臣蔵」。今年(2016年)は国立劇場の開場五十年を記念して、普段は上演されない場面も三ヶ月を使ってすべて上演するという一大企画が進行中。その「仮名手本忠臣蔵」をとことん楽しむためのガイドです。

堀越 一寿

執筆者:堀越 一寿

歌舞伎ガイド

 仮名手本忠臣蔵は三大名作のひとつ

かなてほんちゅうしんぐら

仮名手本忠臣蔵(画像は立命館大学アート・リサーチセンターより)

【仮名手本忠臣蔵】【菅原伝授手習鑑】【義経千本桜】のことを「三大名作」と呼びます。それだけ、長い歴史の中で人気作品であり続けた、ということです。もとは人形浄瑠璃(文楽)のための作品として書かれましたが、それぞれ直ぐに歌舞伎化され、人気作品となりました。歌舞伎が人形浄瑠璃から作品を取り入れるのは珍しいことではなく、現代でいえばコミックがヒットして、ドラマ化や映画化される現象に似ていると言えそうです。

赤穂義士討入事件

1701年。京都御所からの天皇の使者をもてなす饗応が執り行われるというその日。江戸城中にて饗応役を務めることになっていた浅野内匠頭長矩が、儀式の監督役であった吉良上野介に斬りかかる事件が起きます。

内匠頭は即日切腹。吉良はお咎めなしとなり、事件は落着します。なお、内匠頭の動機は現代になった今も、様々な憶測はありますが、「不明」のままです。
しかしこの決定をどうしても受け入れられなかった浅野内匠頭の国家老・大石内蔵助をはじめとした四十七人の侍たちは足掛け三年後の1703年、吉良上野介の屋敷に討入り、ついにその首級をあげます。

人気を集めた赤穂義士

この事件は大変に江戸の人々の関心を集め、早くも数年後には近松門左衛門が「碁盤太平記」という作品を書いています。その後、様々な作品を経過して、 1748年に「仮名手本忠臣蔵」が誕生します。内匠頭の刃傷事件からは既に47年後のことですが、こんなところにも『四十七』が隠れているのは歴史の面白いところです。この「仮名手本忠臣蔵」は赤穂義士を描いた作品としての決定版となり、現代では赤穂義士事件のことを「忠臣蔵事件」と呼ぶ人さえいるほどになりました。

仮名手本忠臣蔵の世界

だいじょ

大序(画像は立命館大学アート・リサーチセンターより)

江戸時代には同時代の事件をそのまま劇化するのは取り締まり対象ですから、そのままでは芝居にできません。そこで「仮名手本忠臣蔵」では南北朝時代を舞台とした「太平記」の世界に事件を仮託しています。

浅野内匠頭は塩冶判官、吉良上野介は高師直、大石内蔵助は大星由良之助として登場するのです。江戸時代の作者は非常に用意周到ですから、単に名前を借りた、というだけではありません。実は「太平記」の中で、高師直は塩冶判官の妻に言い寄るものの断られ、その腹いせに讒言によって判官を失脚させ、最後には切腹に追い込むというエピソードがあるのです。

「仮名手本忠臣蔵」の作者たちはこの話を上手に史実の赤穂義士事件と重ね合わせました。事件の発端を高師直(吉良上野介)の横恋慕に設定し、塩冶判官(浅野内匠頭)が謂れのない嫌がらせを受けたために刃傷に及んだ、としたのです。これはあまりに見事な手腕で、誰が見ても赤穂義士事件を描きながらも、「太平記」のスピンオフとして成立させています。しかも表向きは武士の忠義を賛美していますから、幕府としても知らぬ顔をするほかなかったのだと考えられます。

芝居が史実を書き換えた?

さて「仮名手本忠臣蔵」だけでなく、江戸時代が終わってから史実に基づいて作られた様々な「忠臣蔵」も、芝居のフィクションに呑み込まれている部分があります。それは討ち入りの際の義士たちの服装です。揃いの火事装束を身につけての討ち入りは、実際に戦闘集団として機能的であり、また夜半に街中を大勢の男達が移動する際のカモフラージュとしても相応しく思えます。しかし、実際の討ち入りでは、義士たちは銘々に服装を好みで選んでおり、揃いの火事装束を着て討ち入ったということはないようです。

これは浅野内匠頭長矩の祖父、浅野内匠頭長直が火消の名人であったことが大きく影響していると言われます。祖父・長直は非常に熱心に消火訓練に取り組んだと言われ、事実「浅野が出動すれば消火できたも同然」というほどの評価を得ていたのです。

芝居作者たちはこの話を巧みに作品に取り入れたのだと思われます。まして長直と長矩、名前も大変似ています。江戸の人々にとって「浅野=火消」というイメージがあったとすれば、これほど四十七人の義士たちが身につけるのに火事装束ほど相応しいものはなかったのです。

注)火消し大名とまで呼ばれたのは祖父の長直ではなく、長矩自身であるとう説もあります。その場合は、なおのこと火消しのための火事装束というのは見る人にとって説得力のあるものだったでしょう。
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