ミュージカル/注目のミュージカルレビュー・開幕レポート

2015年9~10月の注目!ミュージカル(5ページ目)

灼熱の日々から一転、爽やかな秋晴れも顔を覗かせ始めたこの頃、演劇界では“芸術の秋”にふさわしい舞台の準備が着々と進んでいます。今回は『CHESS』『プリンス・オブ・ブロードウェイ』『コーラスライン』『Working』等の注目作をご紹介。開幕後は随時観劇レポートも追記してゆきますので、お楽しみに!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

東京国際映画祭にて上映

ジャイ・ホー~A.R.ラフマーンの音世界

10月24日=新宿バルト9シアター3、10月28日=TOHOシネマズ六本木ヒルズSCREEN9、10月30日=TOHOシネマズ六本木ヒルズSCREEN2
ジャイ・ホーundefinedA.R.ラフマーンの音世界  (c)2015 pd; psbt

ジャイ・ホー A.R.ラフマーンの音世界 (c)2015 pd; psbt

【見どころ】
新春に日本で上演されたマサラ・ミュージカル『ボンベイドリームス』の音楽にハートを掴まれた方は必見! あのアンドリュー・ロイド=ウェバーがこよなく敬愛するインドの作曲家A.R.ラフマーンの音楽とその素顔に迫るドキュメンタリーが、10月末の東京国際映画祭にて上映されます。11歳でキーボード奏者として家計を支え、92年に映画音楽家としてデビュー。『スラムドッグ・ミリオネア』でアカデミー賞作曲賞・歌曲賞を受賞、世界的な評価を得ている彼はどんな人物なのでしょうか。

ラフマーン音楽に心酔し、『ボンベイドリームス』製作の中心を担ったロイド=ウェバーも出演し、彼について語ります。28日、30日の上映前あるいは後には、ウメーシュ・アグルワール監督が登壇する予定とのこと。22日午前の段階でまだいずれも残席があるようです!

【鑑賞レポート】
(3回のみの上映とあってご覧になれなかった方も多いと思いますので、ここでは内容をできるだけ詳述します。)

1967年、インド南部のチェンナイに映画音楽監督の息子として生まれたラフマーン。彼がこれまで作り上げた音楽に彩られながら、映画は家族やこれまで仕事上出会った人々の証言を差し挟みつつ、その半生を辿ってゆきます。

母親曰く、幼時から父親の演奏する音楽を正確に真似ることができたというラフマーン。9歳で父を亡くし、家計を支えるため心ならずも学校を退学、キーボード奏者として音楽の道に進むと、科学的音楽に興味があった彼は自宅の車庫をスタジオに改造。作曲から演奏、(時には歌も)、編集まで一人でこなすようになり、CM音楽、そして92年に『ROJA』という作品で映画音楽デビューを果たします。当時は重いサウンドが当たり前だったインド映画音楽において、ラフマーンの「抜け感のある」音楽は革新的にとらえられ、またラフマーン自身も、映像に触発されて間奏の間に曲調を盛り上げてゆくなど、新たな手法を獲得できたのだそう。

インド音楽と西洋音楽、伝統と革新を融合させ、「優しく、メロウな曲調で始まり、突然激しくなる」など予測不可能な音楽で人々の心を掴んだ彼は快進撃を続け、97年の初コンサートでは4万人を動員。『エリザベス』のシェカール・カプール監督の仲介でロイド=ウェバーに口説かれ、「西洋に自分の音楽が受け入れられるだろうか」と大いに迷った末、2002年、ウェストエンド・ミュージカル『ボンベイドリームス』の作曲を手掛けます。

製作発表で「彼はミュージカルを別次元へと持っていける音楽家」とプロデューサーとして熱弁をふるったロイド=ウェバーは、後にウェストエンドでのヒットとは対照的に『ボンベイドリームス』がブロードウェイでは成功しなかったことについて「彼の音楽の素晴らしさをアメリカの批評家は理解できなかった。時期的に早すぎたのかもしれない。数年後にアカデミー賞作曲賞を受賞したことがその証だ」と悔しさ交じりに語っています。(『サウンド・オブ・ミュージック』のリチャード・ロジャースといい、ラフマーンといい、自身と全く異なる特徴を持つ音楽家に強い関心を抱き、公演プロデュースまでしてしまうロイド=ウェバー。それは単純な憧憬なのか、あるいは彼らの音楽からなにがしかをくみとり、今後に生かしたいという創作欲のあらわれなのか、興味深いところです。)

ロイド=ウェバーに限らず、登場人物たちのコメントは絶賛続きで、クリティカルな発言が聞かれないのが映画としてはこそばゆくもありますが、スーフィー(イスラム神秘主義)に帰依し、「金も名声も無意味だ」と物質的なものには興味を持たず、地元で恵まれない家庭の子供たちの音楽教育に力を入れているという彼は、人間的にも周囲を魅了せずにはいられない人物なのでしょう。

タイトルの“ジャイ・ホー”は、彼が音楽を手掛けた『スラムドッグミリオネア』の主題歌名で、“勝利”の意。ロイド=ウェバーが彼を「21世紀の最高の作曲家の一人」と呼び、ラフマーンが「音楽は世界の人々に対する、僕の無条件の贈り物なんだ」と語ると、映画は彼の曲にあわせ、インドの某駅で群衆が突然踊りだす壮大なフラッシュモブで歓喜に包まれ、終了します。

ミュージカル・ファンとしては、彼の音楽がミュージカルのみならずインド映画音楽界においてもユニークであること、また「チャイヤ・チャイヤ」など、『ボンベイドリームス』のいくつかの曲は、彼がそれまで手掛けた映画で既に登場しているナンバー、旋律であることがわかるのが収穫。そのいっぽうでは上映のあいだ中、彼の、体の芯を揺り動かすようなリズムとメロディにたっぷり包まれ、無性に『ボンベイドリームス』が観たくなってくる一本です。


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