ミュージカル/注目のミュージカルレビュー・開幕レポート

2015年9~10月の注目!ミュージカル(4ページ目)

灼熱の日々から一転、爽やかな秋晴れも顔を覗かせ始めたこの頃、演劇界では“芸術の秋”にふさわしい舞台の準備が着々と進んでいます。今回は『CHESS』『プリンス・オブ・ブロードウェイ』『コーラスライン』『Working』等の注目作をご紹介。開幕後は随時観劇レポートも追記してゆきますので、お楽しみに!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド


【Pick of the Month/October】

WORKING

10月1~4日=新宿村LIVE
『WORKING』稽古より。(C)Marino Matsushima

『WORKING』稽古より。(C)Marino Matsushima

【見どころ】
ミュージカル・ファンはもちろん、「ミュージカルってちょっと興味ある」という初心者の方がたのため、夢のような企画が誕生しました。一般社団法人・映画演劇文化協会の事業「ハロー・ミュージカル・プロジェクト」の一環として開催される“無料公演”。先だって『End of the Rainbow』を手掛けたばかりの新進演出家、上田一豪さんの演出でこの秋、『ウィキッド』『Pippin』のスティーヴン・シュワルツの『WORKING』の本邦初演を、なんと無料で観ることができるのです!

作品は、様々な職業の人々が自分の仕事と生き様を語ったインタビュー集を、スティーヴン・シュワルツが構成し、ミュージカル化したもの。1978年のブロードウェイ初演はわずか24回の公演だったにもかかわらず、トニー賞に5部門ノミネートされるなど高く評価され、2011年に新たなインタビューとリン・マニュエル=ミランダ(『イン・ザ・ハイツ』)作曲のナンバーを加えた改訂版が上演されました。

数十人の登場人物を演じ分けるのは、男女3人ずつのキャスト。ベテランの伊藤俊彦さん、北村岳子さんのほか、若手俳優がダブルキャストで名もなき人々の人生を切り取り、多彩な歌を差し挟みつつ演じてゆきます。“幻の名作”を無料で観られる、またとない機会。観劇はネット申込先着順となっていますので、お見逃しなく!
『WORKING』稽古より。(C)Marino Matsushima

『WORKING』稽古より。(C)Marino Matsushima

【稽古場レポート】
稽古は序盤。スタジオではファストフード店に勤める若者フレディのナンバー“デリバリー”の振付が固まってきています。今回の振付家、美木マサオさんがまず大きな流れを示し、キャストたちが体に入れるとそこにディテールを加える。退屈なレジ店員が注文を受け、デリバリー業務でつかの間の自由を満喫する様子が少しずつ立ち上がってゆきます。

このナンバーはリン・マニュエル=ミランダの作曲。“釣りは”“やるよ”というごく普通の日常会話が、彼の手にかかるとペーソス漂う美しいメロディの掛け合いに変化し、新鮮に聞こえます。ひととおり振付がまとまると、それまでずっと見守っていた上田さんが立ち上がり、“(このナンバーの)基本はサルサなので、こういう感じのリズム感を出してもらえますか?”と自らダンス。ちょっと大袈裟な動きに出演者から笑いが起こり、場がひととき和みます。俳優出身でダンスも得意な演出家ならではの、ニュアンスまでしっかり伝わるディレクション。その後に続く一つ一つのシーンも、カラフルに彩られてゆきそうです。
上田一豪undefined84年熊本県生まれ。早稲田大学在学中にミュージカル研究会に所属。劇団TipTapを旗揚げ、オリジナル作品を作・演出。東宝演劇部契約社員として様々な大作にも携わる。(C)Marino Matsushima

上田一豪 84年熊本県生まれ。早稲田大学在学中にミュージカル研究会に所属。劇団TipTapを旗揚げ、オリジナル作品を作・演出。東宝演劇部契約社員として様々な大作にも携わる。(C)Marino Matsushima

【演出・上田一豪インタビュー】
――今回、本作を取り上げようと思われたのは?

「2012年の暮れに(本作の改訂版を)NYで観たのですが、作品としても面白かったし、実際に生きる人々の声をそのまま舞台に乗せているということに興味がありました」

――“生の声”を舞台化した作品としては『コーラスライン』がありますが、今回、劇団四季版と上演時期が重なります。本作と敢えて比較すると、どう異なるでしょう?

「『コーラスライン』の“オーディション”は自分をさらけ出す場ですが、本作の“インタビュー”では、必ずしもさらけ出す必要はない。“この仕事が好き”といってもどの程度本心なのか、虚勢を張っているだけなのかわからない面白さがあります。また、一人の俳優が何役かを演じることで、同じような人たちがある瞬間の選択によって人生がこうも違ってゆく、ということも見えてきます。いろんな職業の人がただ喋るオムニバスみたいな作品だけど、“この人とこの人は入れ替わってもおかしくなかったかもしれない”と見え隠れして、日本で生活してる人たちにも共感できる部分があると思います。ご覧いただく方の心を少しずつ満たして、最後にゆっくり溢れるものがある、そんな作品になるといいなと思います」

――次世代のミュージカル界を牽引する存在として、上田さんや藤倉梓さん(過去のインタビューはこちら)は希望の星です。今後のミュージカル界について、どんな夢をお持ちですか?

「クリエイターがもっと増えるといいなと思いますし、作品のクオリティがさらに高まってゆくといいなと思っています。現状としては、チケットの売れ行きだけで作品が評価される傾向があり、その売れ行きは日本では伝統的に、出演者の顔ぶれに左右される。それでは作品の質の向上につながらないので、自分がオリジナルを上演する時には、手ごたえがあれば必ずブラッシュアップして再演することを心掛けています。多くの人に興味を持ってもらえるよう、発信の仕方も工夫したり、藤倉さんとか、横のつながりも活かして、我々の世代でぐっと上げたい。ファンディングなども大変なのですが、とにかく諦めずにやっていくことかなと思っています」

【観劇ミニ・レポート】
数十人の人々が、自分の仕事を語る。受付嬢に石工、売春婦…。「こんなに楽しい!」「やりがいがある!」と目を輝かせる者は少数派で、ほとんどは生活の糧としてその仕事をどう“やり過ごしているか”が、ブラックユーモアを交えて語られます。鉄骨を運ぶ作業員は、バイトの大学生に「あなた字が読めるんですか?」と聞かれて傷つき、4代にわたって掃除婦をしている女性は、「掃除婦家系はこの代で終わらせ、娘には好きな仕事をさせる」ため仕事を掛け持ちする。名もなき人々の生々しい“生”は、早変わりしながら次々と語る俳優たち(この日はAチームの伊藤俊彦さん、川島大典さん、染谷洸太さん、北村岳子さん、原宏美さん、横岡沙季さん)のみずみずしい演技によって、不思議なリアリティをもって客席に迫ります。そして終盤、彼らが「生きた証」を求めて歌うころには、多くの人生を見聞きした実感と感動が、客席を包み込むことに。

4人編成のバンドを後方に配した舞台には、左右と上方からバーが時に応じて登場し、空間の「枠」として柔軟に機能。ナンバーとしてはリン・マニュエル=ミランダの作風を活かし、ラテンの躍動感に満ちた歌とダンスで場を盛り上げる、ファストフード店店員(染谷洸太さん)らの「デリバリー」、人生の挫折を息子には継がせまいと歌う中年男(伊藤俊彦さん)の「父と息子」が特に強い印象を残します。

ミュージカル振興を目的とした無料公演の演目として、センセーショナルではなくとも普遍的な感動を秘めた“隠れた名作”が選ばれた今回の公演。委ねられた若き才能たちが真摯に取り組んだ舞台は、日本のミュージカル界にとっても大きな意義を持つものであったと言えましょう。今回見逃した方は次の機会に、ぜひ。

*次頁では東京国際映画祭で上演される、ミュージカルファンも見逃せない注目作をご紹介します!
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