まずは事前準備
秘境ムードたっぷりの朝夷奈切通(あさいなきりどおし)。とはいえ、ゆるやかな山道の坂を歩く行程で、歩くのに困るような難所はありません。コースを通して歩くと、ゆっくり休憩しながら楽しんで2時間ほど。途中、売店などはないので、必要なものは持参していきましょう。夏場、蚊が気になるようなら虫よけも。湿った岩盤の道を歩くので、滑りにくく歩きやすいウオーキングシューズで。ハチを防ぐには、黒っぽくない服装がおすすめです。また、道中にトイレがないので、駅で済ませておきましょう。ここでは、ヤブミョウガの花が美しく咲く8月中旬~9月初旬ごろの景色をご紹介します。鎌倉駅からバスに乗って
朝夷奈切通は、鎌倉の東の果て、横浜市との境辺りにあります。鎌倉駅東口バス停から、金沢八景駅行きまたは鎌倉霊園正門前太刀洗(たちあらい)行きのバスに乗車。十二所(じゅうにそ)神社バス停で降りましょう。1つ前の停留所は十二所バス停といい、名前が似ているので間違えて降りないよう気を付けて。十二所神社バス停で降りたら、信号を渡ります。渡ってきた横断歩道から斜め左の道を入っていきます。途中、左手の小高い丘の上に、石塔がいくつか並んでいます。
古来、人々に信仰されてきた庚申塔や、馬頭観音などをまつるもの。この道を行く人々の無事を祈った意味もあるのでしょうね。この丘の上辺りが本当の地面の高さで、掘り下げて現在の高さに道がつくられたとか。かつては現在のバス通りはなく、これから歩く切通の道が、本道だったといわれています。
川沿いに歩いていきましょう。太刀洗川は、鎌倉駅付近を流れる滑川の支流にあたります。この辺りから流れ出て、鎌倉駅付近を通り、由比ヶ浜の海に注ぎます。
しばらく行くと、山道に入ります。9月なら山の斜面に、薄紫色のアジサイが咲いているかもしれません。これはタマアジサイ。鎌倉に自生するアジサイの仲間で、9月ごろと遅めに咲きます。
つぼみが丸い玉のような形をしているので、タマアジサイの名がつきました。日陰がちな斜面に咲く淡い紫色の花は、古道に趣を添えてくれます。
道を大きくカーブすると、渓谷の風情。源流近くの川が岩盤を滑るように流れ、こんな風景が鎌倉にあったんだ……と驚いてしまうほど。
川幅は2メートルほど、深さは大人の膝くらいまで。流れも急ではないので、お子さんと水遊びを楽しむこともできるんですよ。バス停から水辺までなら平坦地を歩いて10分ほど。ここまでだけなら、ベビーカーを押しても来られます。
もちろん、大人もちょっと童心に返って、靴を脱いで足を浸してみれば、ひんやり涼を味わえます。
しばらく見ていると、川岸の穴から、手の平くらいの大きさもあるモクズガニというカニが顔を出すことも。はさみに藻のクズのような毛が生えているので、この名があります。
網ですくうと、ヨシノボリという、お腹に吸盤のついたハゼの仲間が捕まることもあります。どちらも、海と川とを行き来する生き物です。鎌倉は、海と川との自然のつながりが保たれているので、こんな生き物に出会えるんですね。もし生き物を捕まえたら、最後に見つけた場所に返してあげましょう。
上流側に進んでいきましょう。左側の斜面に、竹筒から水が流れ出ているところがあります。ここは、梶原太刀洗水(かじわらたちあらいみず)。
鎌倉時代、上総介広常(かずさのすけひろつね)に謀反の疑いがあるとして、頼朝に命を受けた梶原景時が広常を討ち、血に染まった刀を洗ったところからこのがついたといいます。 後に、殺された広常のよろいから頼朝の武運を祈る願文が見つかったことから、頼朝は殺害を深く悔いたといわれます。
三郎の滝~いよいよ切通の景観に
さらに進むと、Y字路の脇に、落差5mほどの小さな滝が現れます。左手に伸びていくゆるやかな坂道が、朝夷奈切通です。切通は、三方を山に囲まれた鎌倉の丘陵の一部を彫り割って作られた交通路。朝夷奈切通は、鎌倉七口(ななくち)といわれる代表的な切通の1つで、金沢・六浦と鎌倉を結ぶ道でした。金沢の塩を運んだ、塩の道とも呼ばれています。
朝夷奈切通は、朝夷奈三郎義秀という、鎌倉時代の豪傑が一夜で切り開いたともいわれています。このことにちなみ、滝は三郎滝とも呼ばれています。鎌倉で自然の滝が見られる場所は、とても貴重です。
なお、今回はY字路を左手に切通を進んでいきますが、もし右に坂を登ると、20分弱で、梅林のある十二所果樹園に着きます。3月ごろには、ウメがきれいなところです。
奥深い切通の自然~天然のパワースポット
小滝から左手に、古道の趣を味わいながら、切通を登っていきましょう。頭上にはモミジの葉が多く見られ、秋には紅葉も楽しめるところ。道沿いの流れは次第に細くなり、階段状の小さな滝がいくつも重なって、チャラチャラと心地よいせせらぎが響きます。右手の岩壁には、ホウライシダが涼やかな緑の葉を広げているかもしれません。園芸店ではアジアンタムとして売られている植物。東南アジアからの移入種で、湿りがちな切通の環境に適応し、たくさん生えています。
さらに登っていきましょう。岩盤は、丘陵に降った雨がしみ出た「しぼり水」で、いつも湿っています。滑らないよう、足元に注意して。岩壁からしずくとなって落ちる「しぼり水」やしっとりとしたコケ……秘境の風情満点です。
潤いに満ちた空気を深く吸い込めば、体に森の精気が満ちてくるよう。自然の力をいただける、パワースポット。坂の中ほどには、道中の安全を見守ってくれるようにお地蔵さまがひっそりと立っています。
長い坂を登り詰め、ようやく峠に到着。道の両脇に、切り立った垂直の崖がそびえ立ちます。右側の岩壁を見てみると、大きな仏さまの像が彫りこまれています。こうした像は、磨崖仏(まがいぶつ)と呼ばれます。いにしえの人々も、ちょっと一休みがてら仏さまに手を合わせ、この道を歩いたのでしょうか。