『エリザベート』観劇レポート
“死”の禁忌的イメジャリーと人間たちの懸命な“生”の拮抗が生み出す
壮麗なる“グランド・ミュージカル”
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部
不穏な弦の音色の中、薄闇の中に現れる暗殺者ルキーニ。地獄に落ちた今もなお、オーストリア皇妃殺しの理由を責め立てられる彼の弁明のなかで、当時の人々が墓地の中から蘇る。はじめはぎこちなく蠢く彼らは、音楽が明確な長調に転じるといつしか“生身の身体”へと変化し、そこに天上から大きな翼を広げたトート=死が降臨。ルキーニとトートがかわるがわる「エリザベート」と歌い叫ぶと、それに呼応するように白い衣裳の少女が出現し、再びその“生”を辿り始める…。
皇帝フランツ・ヨーゼフに見初められるも、自由な精神ゆえに皇太后ゾフィーと対立、夫とも不和となって各国を放浪し、ついには暗殺者の刃に倒れた皇妃エリザベート。その数奇な人生に、擬人化した“死”との愛憎、そしてハプスブルク帝国という“国家”の落日を重ね合わせ、シルヴェスター・リーヴァイによる重厚な音楽に彩られた本作は、数あるミュージカルの中でも稀有なダイナミズムを有する作品として、92年のウィーン初演以来、世界各地で上演されてきました。
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部
96年の宝塚歌劇団初演を経て2000年に始まった東宝版は、初演から15年という節目を迎えた今回、キャストが大幅に交代。それに伴って演出にも細やかな変化が見られ、例えばエリザベートが舞台に初めて現れ、ルキーニに小道具の銃を渡されて少女時代を演じ始めるくだりでは、“人形のように立つ少女が魂を与えられ、生き始める”描写がより明確なものとなり、皇妃として死んだ時点から“時を遡って振り返る”というより、彼女の人生の軌跡を“少女時代からライヴ感覚で追ってゆく”臨場感が増しています。また黄泉の帝王であるトート役については、ドレープが効きつつ軽やかな素材感の衣裳を着せ、“壁ドン”をさせるなど、少女漫画の“運命の恋人”的な風合いをさらに強調。エリザベートへの一目惚れを歌ったナンバー「愛と死の輪舞」の歌詞にさらなる説得力を与え、本来、抽象概念と人間との間に芽生えるはずのない“恋”を、自然に成立させて見せています。(演出・小池修一郎さん)。
この演出を体現するのが、みずみずしさに溢れたキャスト。この日のタイトルロール、蘭乃はなさん(花總まりさんとのダブルキャスト)は宝塚で前年に同役を演じたばかりですが、退団後の初舞台とあって初々しい、体当たりの熱演。皇太后ゾフィーや夫に敢然と立ち向かい、トートに対しても「まだあなたとは踊らない」と拒絶する様に、生命力が漲ります。
『エリザベート』写真提供:東宝演劇部
このヒロイン像とともにパッショネイトな輝きを見せるのが、狂言回しであるルキーニ役の山崎育三郎さん(尾上松也さんとのダブルキャスト)と、トート役の井上芳雄さん(城田優さんとのダブルキャスト)。テロリストの鋭さ、危うさをまとう山崎さんは、同時に『ジーザス・クライスト=スーパースター』で表題曲を歌うユダのような、乾いたユーモアを漂わせ、ロック・ミュージシャンさながらの歌唱で物語をリードします。いっぽう井上さん演じるトートはどこまでも強靭、明瞭な中に色気をしのばせた歌声で、「死」という存在の絶対的な引力を体現。結婚したエリザベートに強気な予言をするナンバー「最後のダンス」で、彼が劇場空間全体を包まんばかりに放つ「俺さ」の一言と、その分身であるトート・ダンサーたちが作る逆V字型の構図が共鳴するエンディングは、爽快なまでの迫力です。 (次頁へ続く)