痛みをまだ感じるか?
痛みに対する感情を選ぶこともできる
例えば「どうせ男性は浮気をする」という考えに痛みを感じていた場合は、「浮気をしない男性もいる」と考え方を変えてみます。もちろんこの段階ではまだ、「本当にそうだろうか?」と疑いが出てくるでしょう。それは正常なことです。
そして「本当にそうだろうか?」という疑いに対して、誠実に対応する必要があります。痛みを感じていた考えを支持する観念を、壊していくのです。例えば「どうせ男性は浮気をする」という考え方は、「100%男性は浮気をする」と言っているのと同じこと。もちろん100%というのはあり得ませんから、「浮気をしない男性もいる」という可能性が少しはあることがここで分かります。
次に、可能であるなら周囲にアンケートをとったり、浮気をしない男性について書かれた書物やデータを探すなど、自分が本当に望む考え方を支持する観念を形成していくものに触れます。
ここまできたところで「痛みをまだ感じるだろうか?」という質問を自分にします。そうすると、痛みを感じる考え方(ここでは「どうせ男性は浮気をする」)という考えは間違っていたことにもう気づいていますから、もはや痛みを感じません。もしまだ痛みを感じるようであれば、更に行動が必要だということです。
痛みを抱いたまま生きるのか、捨てるのか、感謝して溶かすのか
痛みというのは、厄介なものです。それを持つことが一種の免罪符のような役割となっていたり、行動しないための理由となります。しかしここで重要なのは、それがあなたの本当に欲しいもののために役立つのかどうか?ということです。きっと役立つことは、ないのではと思います(もちろん、痛みを持つことを趣味とする人もいるので全否定はしません)。
あなたは痛みを抱き、死ぬ瞬間に「ああ、こんなものさっさと捨てとけばよかった」と思うのか、今さっさと捨て、メッセージを受け取り「次のステージに行こう!」とその感情に感謝して溶かすのか。それはあなたの選択次第となります。
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