今回のゲスト

あきを君 こと 田中章生
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京田クリエーション勤務。ストーリープランナーとして絵本から音楽、ラジオドラマまで幅広いコンテンツの制作を手がけている。アートやランニングをこよなく愛す隠れ肉食系男子。歌謡曲はまだまだ勉強中のクラブっ子だ。


『1%でも僕は挑むよ』

あきを:中将さん!実は僕、最近PV(プロモーション・ビデオ)を企画したんです。Royalcomfort『1%でも僕は挑むよ』なんですが、観てご意見いただけないですか?

中将:ほほぅ、どれどれ……

(『1%でも僕は挑むよ』公開PV https://www.youtube.com/watch?v=IZ_61voI6qI
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……少女漫画チックな紙芝居で、社会に出て葛藤してるファンが彼らの音楽に救われるってタイプのやつやね。あきを君だけあって絶妙に夢見る草食系なテイストやなぁ。歌ってる人たちのルックスは肉食っぽいのにね。

あきを:で、どうでしょうか?

中将:いいんじゃない?今どきな感じで。湘南○風のPVとかよりはよっぽど好きですよ。

あきを:素直に喜んでいいんでしょうか……。

中将:いやいや、草食系マーケットに力強く食い込んでいこうって感じで、これはこれで実に商業的な仕上がりやと思うよ。

あきを:……。


PVの起源

中将:しかしPVっていうのも時代によってずいぶん様変わりしてきたよなぁ。昔はごく一握りのアーティストしか作らない物だったのが、YouTubeができてからは絶対量がガンと増えたし。その分、映像とかいろんなアートが入り込む余地が増えていろんな作品が生まれてるよね。

あきを:PVって何年くらい前からあるんですか?

中将:僕やあきを君が生まれるずっと前だけど、1960年代半ばという人が多いみたい。狭義の……アーティストが音楽番組用に制作した数分の演奏映像という意味ではザ・ビートルズの『ペイパーバック・ライター』(1966年)が初出になるのかな。

あきを:じゃあ、もうすぐ50周年ですね!(※2015年2月現在)やっぱりビートルズは偉大だなぁ。



戦前からあったミュージックビデオの概念

中将:でも音楽と融合させた映像という意味ではもっと昔からその手の映画とかニュース映画があるんだよね。

エルヴィス・プレスリーの『監獄ロック』(1957年)……日本でも加山雄三さんの『エレキの若大将』(1965年※映画タイトル。同作から『君といつまでも/夜空の星』が両面ヒット)とかグループサウンズ映画……もっと昔なら李香蘭とかそうだよね。
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歌の部分だけ切り抜けば十分にPVとして通用するし。ミュージック・ビデオという概念自体はおそらく1930年代以前までさかのぼれるんじゃないかな 。


あきを:加山雄三さんの『君といつまでも』とか今でも“懐かしの~”みたいな音楽番組で使われてますよね。PVだとばかり思ってましたけど、映画から切り抜いた映像だったんですね!

中将:狭義では日本のPVは夏木マリさんの『小さな恋』(1971年※『中島淳子』名義)が初出やからね。でも当時はいくらでも音楽番組があったし、家庭で再生できるビデオとかが普及してなかったからあまり注目されなかった。


MTVの功績

中将:みんながPVというものを認識しはじめたのはやっぱり1980年代にアメリカのMTVが流行したからじゃないかな。

あきを:マイケル・ジャクソンの『スリラー』(1983年)とかですよね。
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中将:ほかにもアメリカならマドンナ、シンディ・ローパー、ヨーロッパならデュランデュラン、カルチャークラブ。当時の人気アーティストはだいたいMTVを利用し利用され、って感じやね。

そして日本でもそれに影響を受けた佐野元春さんがアルバム『VISITORS』(1984年)の収録曲や『Young Bloods』(1985年)のPVを発表した。
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小泉今日子さんの『迷宮のアンドローラ』(1984年)も同時期かな。以降、1990年にかけて『ザ・トップテン』(日本テレビ)とか『ザ・ベストテン』(TBS)みたいな司会進行型の音楽番組が激減する中でPVは一般化していったわけやね。


しかしこう振り返ると、日本人って自分が元々やってたことでもアメリカやヨーロッパで流行って初めて自信を持てるんやなぁと再確認するね(笑)


あきを:日本らしい出来事ですね……。


PVの発展期!1990年代

中将:是非はともかくMTVが大きな起爆剤になってPVが一般化したという事実は否定できないけどね。ところであきを君が十代の頃に印象的だったPVってあるかな?

あきを:小沢健二の『愛し愛されて生きるのさ』(1994年)ですね!

中将:渋谷系!あきを君らしいなぁ! 世代やからかもしれないけど1980年代末から1990年代は印象的なPV多かったよね。

COMPLEXの『BE MY BABY』(1989年)、森高千里さんの『17才』(1989年)、槇原敬之さんの『冬がはじまるよ』(1991年)、チャゲ&飛鳥の『YAH YAH YAH』(1993年)、玉置浩二さんの『田園』(1996年)、篠原ともえさんの『クルクルミラクル』(1996年)、T.M.Revolutionの『HOT LIMIT』(1998年)、hide with Spread Beaverの『ピンクスパイダー』(1998年)、モーニング娘。の『LOVEマシーン』(1999年)……

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挙げていけばきりがないけど、今あるようなスタイルはだいたい出揃ってるね。

あきを:懐かしいですね~。


また冒頭に戻るけど……

中将:で、今回あきを君が企画したPVはなにを目指したんやっけ?

あきを:えっ!唐突ですね……でもまた訊いてくれてありがとうございます! Royalcomfortはもともとみんなサラリーマンをしていたのが、一念発起してアーティスト活動をはじめたというユニットなんですよ。

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だからそういう夢見る気持ちを表現したかったというか……僕自身彼らの楽曲に何度も励まされてきたので。

中将:まぁ夢見るのって歌謡曲の時代から普遍的なテーマやから、変な小細工に走らずそれを極めてセンチメンタルに表現したのは正解やね。

あきを:そうですよね!やっぱり夢っていいもんですよね!

中将:僕は夢とか歌ったことがないんでよくわからないけど。色恋とお金が好き。

あきを:夢とは程遠いコメントをありがとうございます……。


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