“勝ち負け”ではない、舞台の“自由”に魅せられて

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『DIAMOND☆DOGS Funny』2015年 撮影:篠原稔』

――東山さんは大学時代にダンスに出会ったそうですが、それまではスポーツをされていたのですか?

「高校の時にゴルフはやっていましたが、あとは囲碁将棋部。高校生まで小柄だったこともあって、成績も他の科目では4とか5だったけど、体育だけ3でした。逆立ちもできなかったし。サッカーやりたいとかラグビーやりたいという思いもあったけど、みんながすごくデカかったからとても入っていけなかったですね。一瞬、馬術部にも入ったんですけど、(馬にまたがると)あまりに高くて怖くてやめました(笑)。完全に文化系ですね」

――それが突然ダンスの道へ?!

「大学3年の終わりぐらいで、周りは就職活動をしていたけれど、自分は就職はしたくないと思いまして。ほかの道を考えた時に、“舞台をやってみたい”と思ったんです。3年は好きなことをやってみようと思って親に話したら、長男ということもあって親父には怒られました(笑)。でも母は父に“あなたも好きなことをやってきたでしょ”と言ってくれまして。今では来なくていいと言っても(両親は)観に来ます」

――なぜ舞台だったのでしょうか。

「舞台表現って、いい意味で自由。将棋だったら勝たなくちゃいけないけど、舞台には勝ち負けはないじゃないですか。そういうところに魅力を感じたんです。実際やってみると、それまでチームプレーというものをしたことがなかったので、一人が良くても別の誰かが良くないと舞台は失敗するんだなとわかったし、こんな僕でもこの台詞を読んだらこういうふうに見えるんだとか、こう振付されたらこんなにセクシーに見えるんだとか、そういう発見がすごく面白くて、それまでいろんなことが長続きしなかったのが、これだけは違いました。

今でも、例えば『CLUB SEVEN』のマイケルのネタなどは、自分では絶対思いつかないし、シアタークリエでこんなことやって大丈夫なのかな?と思いましたけど(笑)、やってみたらすごく受けて“ああ、アリなんだ”と。そういうことの連続がこれまでモチベーションになってやってこれたと思います」

――一般的には舞台を志すとまずスクールに通う方が多いと思いますが、東山さんは独学だったのだそうですね。
『ニジンスキー』撮影:山田勉

『ニジンスキー』撮影:山田勉

「自分なりに頑張りました。一度、(吉野)圭吾さん主演の舞台にアンサンブルで出させていただいた時に“お前、いいもの持ってるからバレエやりなよ”と言われて、先生を紹介していただいて1年間だけ週2回通ったんですが、教室でバーを持った瞬間に“ダメだ、自分でやろう”と思って、自宅でジョルジュ・ドンとか、今年引退するシルヴィ・ギエムのビデオをひたすら見て、家で練習していました。ああいうふうに立ち振る舞えたら、踊れたら素敵だなと思える例はたくさん見ていたので、そのために僕なりのルートで行ったような気がします。

僕にとって大きかったのが、人の縁に恵まれたこと。一人で始めたことだったけど、偶然知り合った方々との出会いで、最初にいろんな舞台に出させていただけたんですよ。スクールに行くより、実際に舞台に出ることで叩き込まれて、恥かいて。仲間からへたくそだ、バカだといわれて悔しいと思いながら伸びることが、僕はあったと思います。

出演するということは、すごい振付家の先生の振付を無料で受けられるということ。1か月後に写真もクレジットも出て本番という期限があるから、それまでに何が何でも形にしていく、それがとても自分を追い詰める力になりました。“いつか舞台に出るために”という練習だったら、僕は続かなかったと思います。練習で5回転できても、(そういう役がつかないと)舞台では使えないですから。実は歌のレッスンにもほとんど行ったことはなくて、DIAMOND☆DOGSのボーカルにコツを聞いたりしてやってきました」

*次頁ではターニングポイントとなった『レ・ミゼラブル』アンジョルラス役等について伺います!