『∞/ユイット』観劇レポート
ワインを片手に味わう、芳醇なるコクの舞台
『∞/ユイット』写真提供:東宝演劇部
*いわゆる「ネタバレ」部分もあります。未見の方はご注意ください*
小林香さんの創る舞台を一言で言い表すなら、それは「コク」。厚みのある音とヴォーカル、光と影を効果的に使ったヴィジュアル、そして作品に込められた思い(もしくはメッセージ)を通して、小林作品は幕が下りた後も強い印象を残し、演出家デビューしてからのこの数年で、瞬く間にファンを増やして来ました。
『∞/ユイット』写真提供:東宝演劇部
そんな彼女のホームグラウンド的シリーズ「SHOW-ism」では、歌に特化したもの、ストーリー性を強めたもの、前作『ピトレスク』のように社会的メッセージを込めたもの等、様々なスタイルが嬉しい驚きを与えてきましたが、最新作の『∞/ユイット』は「大人のエンタテインメント」が一つのテーマ。作品タイトルにも因み、会社帰りの大人も訪れやすい「夜8時」に開演、サントリーとタイアップしワインを無料で提供、という枠組みを作ったうえで、エンタテインメントを見慣れた大人たちを十二分に楽しませ、芳醇な「コク」を感じさせる舞台を創り上げています。
『∞/ユイット』写真提供:東宝演劇部
井上芳雄さん、蘭寿とむさん、大貫勇輔さん、坂元健児さん、フィリップ・エマールさん、ジェニファーさん、そして彩吹真央さんというカラフルな芸達者たちが今回、集うのは、パリのどこかにあるというホテル「オテル・ド・ユイット」。ステージ後方一面に作られたホテルの客室にキャストが一人ひとり配され、歌うその幕開けは、それぞれに際立った個性とストーリーを持つ彼らにふさわしく、続いて、このホテルの噂を聞きつけやってきた新たなゲスト(大貫さん)に紹介する形で、ここがいずれ劣らぬ大富豪たち、それも一人(蘭寿さん)を除き不老不死の体を持つ人々の滞在先であることが明らかとなります。ゲストたちの会話には時折、天上から声だけのホテルの住人ププ(ミアさん)が割って入り、ゴシックホラー的な風味もほんのり。
『∞/ユイット』写真提供:東宝演劇部
金と暇を持て余したゲストたちは「執事」「メイド頭」などの仕事をしながら、互いにショーを演じてみせます。年代順に音楽を振り返る「お遊び」ではフィリップさんのフランス語での「恋するシャンソン人形」、大貫さんのツイスト、ジェニファーさんのロックなど、各人の個性を生かしたシーンが数珠つながりとなり、井上さん、坂元さんという大人の男二人と彩吹さんの危うい三角関係のナンバーでは彼女の激情がほとばしる。東日本大震災を思わせる悲劇から立ち直れずにいる青年のシーン「思われ木葉」では、井上さんが愛する人々を失った喪失感を深くえぐるように歌い、終盤、姫の病を治すためアラビアの女(蘭寿さん)が「孔雀のほくろ」を求めて旅に出るシーンでは、クラシックバレエ「海賊」風の振付も取り入れ、蘭寿さんと孔雀役の大貫さんの目の覚めるようなダンスが展開します。
『∞/ユイット』写真提供:東宝演劇部
めくるめく見せ場の合間、合間には、キャストがワインボトルやウーロン茶を手に、客席に降り立ってサーブをしたり(筆者の観た日は最後列まで!)、観客から集めた「探し物」アンケートを読み上げ、一同で答えを考えたり(「思慮深さを持てるようになりたい」というお悩みに対して、坂元さんが過去の持ち役のナンバーから「心配ないさ~」と歌で返し、あまりの当意即妙さに爆笑が起こる場面も)、客席に張り出した特設エリアに出演者が(花道というよりキャットウォーク的に)進み出るといった具合に、キャストと観客が交流する時間も積極的に設けられています。
『∞/ユイット』写真提供:東宝演劇部
色とりどりのショーが続いた後、蘭寿さん演じるマドモアゼル・シスは一つの決断を下します。それはストーリー的には井上さん演じるムシュー・アンへの愛のためなのですが、同時に、作品全体の根底にある小林さん、そしておそらく出演者ご一同が共有しているであろう、エンターテイナーとしての「心意気」を暗示しているかのよう。この「気」に包まれた観客たちはきっとその翌日、そしてその後も、『∞/ユイット』の人々を思い出しては、それぞれの日々を心強く、ポジティブに送れることでしょう。いわばオテル・ド・ユイットの世界を借り、「エンタテインメントの原点」を掘り下げた今回の第八弾。それを踏まえてこの後、「SHOW-ism」がどう進化してゆくのか…。ますます目の離せないシリーズとなってきたと言えましょう。