3位:上野耕平(サクソフォン) 『アドルフに告ぐ』
スタイリッシュで現代的。クールなクラシック・サックス
ブレスコントロールがすごく良くて、きれいなサクソフォンの音であるのですけれど、すごくクラシカルな感じがするというか。よくある、やたらと艶っぽい音や、あるいは芯が硬くてやたらしっかりした音とか、それはそれでいいと思うのですけれど、それらとはまた全然違って、ふわっとしていてクラシカルな感じの音がする。技術はもちろんなんですけれど、そこがまず違うかなと。
北:音色がとにかく素晴らしいですよね。
大:クラシカルな部分がしっかりした、丁寧で気持ちの良い演奏ですよね。
久:クラシックのサックスの音というものを初めて聴いたなと。音の立ち上がりって誰でも気をつけますけど、音の切り方も案外重要じゃないですか。そういったところの意識が高い。プロだから当たり前と言えるのかもしれませんが、ものすごく行き届いた吹き方をしているな、と感じます。
峯:CD発売後の2014年11月、ベルギーのアドルフ・サックス国際コンクールで2位を獲りましたね。サックスというのは、楽器の特性でもあるのでしょうけれど、音楽を聴かせるというか、自分の良いところ、自分の芸を聴かせる傾向がある気がするのですけれど、上野くんの場合は基礎が固まっていて、実力がしっかりしている印象。なので、落ち着いて聴けますよね。これからいろいろな仕事が舞い込むんじゃないかと思います。
北:サックスのオリジナル曲をもっと聴いてみたいなって思いますよね。
久:確かに。これ自体も、選曲はとても良いですけれどね。
大:そうなんですよね。クラシックな部分がしっかりありますが、一方で、クラシック好きではなくても楽しめる、部屋で流していてセンス良い、かっこいいアルバムだと思いました。
峯:購入しているのも、今までのサックスのファン層とは違う感じがしています。今後、彼のための作品なんかできるんじゃないですかね。
北:クラシック・サックスという分野は、ジャズなどと比べてまだまだ。これを機会に聴かれていってほしいですね。
久:今までは、どうしてもクラシック好き全般から聴かれるのではなく、吹奏楽経験者というか、やった経験がある人からだけ聴かれるジャンルというところがありましたからね。須川展也さんとか好きですけれども。
峯:数もそんなにないですよね。
大:かつて、清水靖晃さんのCDがとても売れましたけれど、クラシックのCDというより、ポップスなどに近い特殊な売れ方でしたよね。
久:確かに特殊でしたね。悪いとは思わないですけれど。鉱山で録音したバッハの無伴奏チェロ組曲なんかすごく良かったですけれど。
北:最初、タイトルを見たときに「アドルフに告ぐ 上野耕平」と書いてあって、思わず手塚治虫関係のCDかなと思ってしまいましたが(笑)。
久:サックスを作ったアドルフ・サックスに掛けたタイトルで、内容は関係ないんですよね(笑)。メーカーさんは「アドルフのスペルが違うんですよ」と言っていました(笑)。
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2位:松田華音(ピアノ) 『デビューリサイタル』
圧倒的な技術、大胆な音楽。個性的な超新星
峯:なのですが、聴いた方は皆同じ感想を持たれるのではないかと思います。音がしっかり太いですよね(笑)。デビュー・コンヴェンションにお呼びいただき、女の子の新人か、くらいの軽い気持ちで伺わせていただいたのですが、音を聴いてびっくりしました。集中力というか、音楽に対する向き合い方というのが、そんじょそこらの若い子とは全然違う。ベートーヴェンのワルトシュタインもそうですが、ショパンのバラードもポロネーズも絶妙なタメの部分とか、この年齢でそれをやるかっていうくらいの音楽作りをしていてびっくり。
久:音だけを聴くと、若いキレイなお嬢さんていう感じじゃ全然ないですよね(笑)。良い意味で、ガツーンという。
大:かなりエッヂが立ってますよね。言っても若い女の子じゃないですか。ですがCDをかけて5秒くらいで「え? これはすごい!」と思ってもう一度初めから聴き直しました。表現力が突出している。変わっていると言えば変わっているというか、個性的。
峯:経歴はというと、6歳からロシアに留学し、日本語よりもロシア語の方が得意。キーシンが出た学校を首席で卒業。モスクワ音楽院にロシア政府特別奨学生として入学。もちろん日本人初。プレトニョフがロシアツアーや日本ツアーでつれて回っているそうで、ロシアを中心に知られてきているという。
後半のラフマニノフやスクリャービンも見事ですが、最初のワルトシュタインとショパンだけでも度肝を抜かれるというか。注目したい人ですね。写真もみんなそうなんですけれど、目力があって、これも普通の写真の撮り方じゃないし、驚きました。なかなかデビュー1枚目の若い女性のCDにこれだけの感じを持たせる人はいませんよね。
北:今回のこのランキングは、本当に本格派が入っていますよね。それぞれがキャラが立っている。更に、ここまでの4枚は全部ソロデビューアルバムですよね。今までいろいろな時代を経てきて、CDがあまり売れないという時代になって、レコード会社側も、数を出すというより、きちんと実力のある方を何とかして世の中に出していきたい、というのを感じますね。フォローしていきたいと思わせるアーティストが増えているというか。これも、きちんと準備された録音ということをとても感じさせる演奏でした。
峯:コンクール上がりの上手なピアニストとは違う、きちんと準備された個性あるピアニストですよね。もちろん、コンクールで優勝するピアニストが悪いということではないですが。
北:そうなんですよね。どちらかというとコンクール優勝者や見た目が優先されてきた商売が、20年くらい続いてきたじゃないですか。もちろんその中には実力があって残っている方も多いのですが、時間が経つにつれどんどん売れなくなっていく人がいることも確か。松田華音さんは、本物ですね。ここからどう伸びるかがとても楽しみ。だからこそ今聴いてもらいたい。継続して感動が得られるのではないでしょうか。
峯:発売されてからも売れ足が速いですね。いろいろな記事が出ながらじわじわと売れていくというパターンではなく、発売日から結構売れています。
大:そうなんですね! 店頭で視聴して驚いて買うみたいな感じですかね?
峯:そうですね。ピアノ音楽を聴かれる方は必聴。ぜひ一度聴いていただきたい。一聴に値すると思います。
大:ほんと、驚きの演奏ですよね。オーケストラっぽい演奏な感じもするんですよね。聴き流せない。
峯:そうですね。BGMにはならない(笑)。
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1位:河村尚子(ピアノ) ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番、他
圧巻の存在感。透明さと力強さで聴かせる新感覚のラフマニノフ
久:初めて聴いた時に、とにかく驚いたのがテンポの速いこと。
峯:この快速テンポはビエロフラーヴェクのテンポじゃないですよね。河村さんのテンポなんでしょうかね?
久:でしょうね。加えて、力強く、なおかつ透明感があるタッチ。弦が大音量の裏でもキレキレのピアノがガンガン鳴っているような。基本的には快速テンポで飛ばしつつも、歌うところは歌うというか。ロマンティック過多にはならずに曲のキレイなところの叙情性はきちんと活かした良い演奏、心地良い演奏だなと。印象的にはピアノにがんがん攻められるような感じがたまらない“攻めのラフマニノフ”と思いました(笑)。
北:河村さん自身が解説に書かれていらっしゃいましたけれど、2番は昔から弾いている曲ではなくて、今回初めてやったと。自分のレパートリーではないと思われていたようですが、河村さんがラフマニノフを弾くとどんな風になるのか?という面白さ・期待があり、実際に聴いてみると期待していたものとは違うというか良い意味で裏切られた感じもありましたね。テンポのことも含めて。最初の和音が装飾的に響くのも良い意味で面白かったです。
大:僕も「あれ?」と驚きました。
峯:他の人の演奏の影響をあまり受けていないんでしょうね。自分で思うようにやっている。
大:そういう感じですね。音は本当にキレイで結構細かく丁寧に弾いているなと。あとビエロフラーヴェクとチェコ・フィルはやはり伴奏を付けるのが上手いなぁと。終わった時に拍手が入っていて「そうだライヴだったんだ!」と改めてその完成度の高さにも驚きました。曲自体は濃いからしょっちゅう聴きたいものではないのですけれど、この演奏は、たまにふと聴きたくなる、見事なものでした。
久:濃厚な演奏、というのとは違いますよね。
峯:ロシア的な部分はあまりないですよね。どちらかというと……表現が難しいですが、テクニカルな感じというか、より音楽的という感じがしますね。そういう意味ですごく特徴的。固いファンが多いですよね。リサイタルとか常に満員だし。
久:もっと多くの方に聴いてもらいたいですよね。あと、カップリングのラフマニノフのチェロ・ソナタですが、チェロをクレメンス・ハーゲンが弾いているんですけれど、これがまたものすごい。本当に表情豊かというか、ディナーミク(強弱)もすごい付けているんですけれど、それにガッツリ合わせているというか、ピアノがすごく力強く支えていて、とてもノッている演奏と思いましたね。
北:河村さんは節が強いというか、リスト的と言ったら言い過ぎかもしれませんが、パワーがすごいですよね。いろいろな面で主張が強い、キャラが強いことは多いですね。この世代だと別格なくらいすごいピアニストだなと思います。以前『展覧会の絵』をライヴで聴いたのですけれど、びっくりしました。仕事柄いろいろ聴きますけれど、例えばベルマンなどの名ピアニストに引けをとらない、強烈なインパクトでした。こんなに強靭に弾いて、指は大丈夫なのかなっていうくらいの強さで。聴いている方はものすごい感動しますね。『展覧会の絵』も確か昔からやっているわけじゃなくて最近練習してと言っていましたけれど、ヴィルトゥオーゾ的なものは自分に合わないのではないかと思っていたのかもしれないですね。
久:勉強されていたのがドイツでしたから、元々はドイツ系がメインだったというのもあるかもですね。
峯:TVでシューマンの『クライスレリアーナ』をやっていましたけれど、すごく良かったですね。大体8曲流れるように弾かれるピアニストが多いですけれど、河村さんは1曲1曲きちっとキャラクターを変えて弾いて組曲みたいな感じでした。
北:これは国内アーティストの部ですけれど、海外のアーティストを含めても、出色なんじゃないかと思いますね。最近は特に、とにかく速さを競うというか、こんなに完璧に弾けるというのが主眼のような方が多く、CDも1回聴くともういいやって感じで、また、そういう方がもてはやされたりしているんですけれど、このアルバムはそうではない。きちんとこう、自分なりに消化して勉強されてアルバムとして完成されていて良いですね。
峯:そうですね。2番はもちろん良かったですけど、3番も聴いてみたいなと思いましたね。特徴も更に際立つかなと。
大:ライヴでも聴きたいですね。ということでますます注目の河村さんが1位でした。おめでとうございます!
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続いては、ワールド部門です!