高校時代はストリートダンスに夢中!


――上川さんが劇団四季に入るきっかけになったのは『ライオンキング』観劇だと伺っています。

上川

ライオンキング』を初めて観たのが島根に住んでいた中学生の時で、「ああ、こんな世界があるんだ!」って凄く感動したんですね。でもそこからすぐに四季を目指して何かを勉強するという方向にはいかず、高校生の頃はずっとストリートダンスをやっていたんです。そんな中でジャズダンス等にも興味が出て、色々なジャンルのダンスレッスンを受けるようになっていた時に通っていたダンススクールの先生から「1回受験してみたらどうだ」と薦められ、高校3年生の時に研究所のオーディションを受けました。

その時は周りにいる人たちと比べると畑違いの場所に来てしまったというか……とても良い刺激になったし結果はどうでも悔いはない!位に思っていたんですが、運良く勉強するチャンスを頂き、今に至ります。
 

上川さん

(撮影:演劇ガイド・上村由紀子)


――プロフィールを改めて拝見すると、アンサンブルでの出演を経てメインキャストとして舞台に立たれている作品も多いですよね。

上川

ああ、確かにそうかもしれません。とても嬉しい事ですよね。アンサンブルとして作品に関わりながら勉強させて頂くことも多くて、色々な方向から作品や役を捉える事が出来たのだと思います。
 

2011年
『ユタと不思議な仲間たち』東北公演で得たもの


ユタ

『ユタと不思議な仲間たち』 東北特別招待公演(写真提供:劇団四季)


――2011年、東日本大震災後に東北特別招待公演として巡演した『ユタと不思議な仲間たち』では俳優として大きな経験をされたそうですね。

上川

はい、まず現地に着いてその場所を見た時に”言葉にならない”ってこういう事なんだと凄い衝撃を受けました。そんな中、被害に遭われた方達の前で”ユタ”という「死」を考えている少年の役を演じるという事に対して当然プレッシャーもありましたし、とてつもない責任も感じていました。

しかも公演先が整備された劇場ではなく、体育館という環境の中、子どもたちがすぐ目の前にいて舞台を観てくれているんです。1つ1つの台詞や踊り、歌の全てに嘘があってはここにいる意味がないと演出家からも言われていましたし、自分もそこは肝に銘じていました。

 

ユタ

『ユタと不思議な仲間たち』(撮影:荒井健)


テレビや新聞のニュースで見聞きするのではなく、自分たちがそこに足を運んで現地の状況を間近に見ることで思う所も本当に多かったです。「生かされている」という事に感謝しなければいけないとカンパニー全員が強く思って舞台に立たせて頂いていました。

劇団四季のツアー公演では俳優が舞台のバラシ(撤収作業)に参加をします。この時も勿論そうだったのですが、そういう作業を通じて”舞台公演は俳優だけでは成立しない”という当たり前のことをとても強く実感しました。色々な立場、セクションの方達の力があってこそ俳優は舞台に立てるのだなあ、と。若いうちにこういう経験をする事で舞台人として自覚が芽生えたのではないかと思います。貴重な経験をさせて頂きました。

 

ユタ

『ユタと不思議な仲間たち』 東北特別招待公演(写真提供:劇団四季)


 
上川さん

(撮影:演劇ガイド・上村由紀子)


――ここまでお話を伺って、上川さんは前向きでありながら地に足の着いた考え方をなさる方なのだな、と感じています。これまで大きな壁にぶつかった事はありますか?

上川

それはやっぱりありますよ(笑顔)。入団してすぐ『エビータ』に出演させて頂いた時に、加藤さんの厳しい言葉がグサグサ刺さって……。勿論今でしたら「育ててくれようとしているんだ」って、指導する側の愛情を受け取ることもできるのですが、当時はまだ自分自身混乱し、色々なことを考えて「辞めた方がいいのかな」と悩んだりもしましたね。

――そんな事があって時を経た今、加藤(敬二)さんとこういう形で組めるのは嬉しいですね。

上川
本当ですね。『ユタと不思議な仲間たち』でユタを演じさせて頂いた時にも加藤さんにはたくさんの事を教えて頂きました。加藤さんもずっとユタ役を演じていましたので。その時も”絶対に演じる上で嘘は吐くな”と良く言われましたね。少しでも”嘘”があると、加藤さんにはすぐ見抜かれます。ですから今回の四季フェスでも絶対に嘘がないよう毎回舞台に立たせて頂いています。でないと僕があの場所にいる意味が無くなってしまいますので。


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