大切な歌と妻、そして恩師
『オペラ座の怪人』(C) Seoul Musical Company
「一つ、大切に、大切にしている曲があります。ノ・ヨンシムという作曲家による“シーソーに乗る”というロマンティックな歌で、妻にプロポーズした際に歌いました。自分のCDにも収録しています。妻の存在は僕にとってはとても大切なので、彼女のために歌ったこの歌は大事な宝物なのです」
――歌でプロポーズ……! ミュージカルのような、ロマンティックな情景が想像されます。
「とあるスカイラウンジに、職権乱用で(笑)ピアニストの友人を呼び、そこにいたお客様たちに“これからプロポーズをしますので、ご協力よろしくお願いいたします”と声掛けをしてから、キャンドルの灯りの中で歌いました。妻は感動して泣いてくれました」
――奥様のメン・ソニョンさんは、作曲家でいらっしゃるのですね。
「ええ、もとはK-POPや映画音楽を手掛けていたのですが、僕が無理やり(笑)ミュージカルの世界に引き込みまして、昨年は映画『JSA』のミュージカル版を彼女の作曲、僕の主演で上演しました。先だっての『リタ』も、彼女に音楽監督をやってもらっているのですよ。妻には多大なパワーをもらっていて、どんなミュージカルを創るか、どんな人材と組もうかといったことを彼女と話せることは、非常に助けになっています」
『リタ』稽古中のヤン・ジュンモさん。(C) 忠武アートホール
「表現者としては、そうですね。これまでいろいろな舞台に立ってきましたが、すべてのお客様にご満足いただくのは非常に難しいことです。その人の置かれた状況によって、例えばあるシーンは観たくないものだったり、気分に合わないシーンがあったりもします。そんな中でも、なるべく多くの方が“感動”してくださるような演技を目指していければと思います。
人としての夢については、この話をさせてください。高校生の時に、ある出会いがありました。ロシアの音楽大学に進学するはずだったのですが、仲介業者に留学資金をすべて騙し取られてしまい、ロシアには行けなくなってしまったのです。(注・その後改めてロシアには留学)。韓国で音大に入り直すにも、お金が全く無く、途方にくれていたのですが、その時の恩師が「お金は要らない」と一銭も受け取らず、レッスンをして下さったのです。もし彼に出会わなかったら、今の僕はなかったでしょう。この恩師との出会いも、僕が今、大学で後輩たちに教えたりボランティア活動をするきっかけになっています。
今、抱いている小さな夢としては、今回の『レ・ミゼラブル』カンパニー内で、こんなことをやってみたいですね。共演する若い俳優さんたちと、“スタディ・グループ”が作れたら。そこで、発声のいろいろなテクニックを、“教える”というようなおこがましいことではなく、一緒に学べたらいいなあと思っています」
――その恩師の方は、なぜお金をとらなかったのでしょうか。純粋な「無償の愛」なのか。それとも、芸術家の本能に突き動かされたのでしょうか。
「鋭い質問ですね(笑)。釜山という、日本で言うと九州のような土地で、今も帰郷の度に先生にご挨拶にうかがっていますが、今度お会いしたら尋ねてみます」
――きっとジュンモさんの歌声を聴いて、「この才能の原石を放っておくことはできない」と思われたのでは(笑)。
「そうだといいですね(笑)」
14年『ドラキュラ』ヴァン・ヘルシング教授役 (C) OD Musical Company
思慮深い言葉に、熱い思いを滲ませながら語ってくれたジュンモさん。日本の役者さんとは異なり、聞いてもいないのに(笑)、奥様への愛を滔々と語る姿がいかにもロマンチストの韓国男児らしい彼ですが、その生き方の根底にあるのは、かつて恩師から受けた厚情への、感謝の心。バルジャンを救う司教が恩師にも重なるジュンモさんは、これ以上ないほどの適役かもしれません。『ジキル&ハイド』では一人の人物の中の正義と邪悪さを一曲のナンバーで鮮やかに演じ分けてみせた彼ですが、今回は神との出会いの「ビフォー」「アフター」を、全篇を通してどう表現してくれるでしょう。声楽家ならではの「日本語発声研究」の成果も、楽しみでなりません。
*公演情報*
『レ・ミゼラブル』4月17日~6月1日=帝国劇場 その後、名古屋、福岡、大阪、富山、静岡にて9月まで上演。
*次頁で『レ・ミゼラブル』観劇レポートを掲載しました!*