最後の"4月13日"

今年の4月13日、僕は朝から銀座にいた。

『4.13 ジョニー大倉復活』と題するイベントを取材するためだ。

肺がんが発覚し、長い闘病生活を強いられていたジョニー大倉さんが、キャロル解散39年目のこの日にステージ復帰するという。

一時は「余命二週間」とまで宣告されたジョニーさん。

体調が万全でないのはわかりきったことだったが、それでもあえてこの日にステージに立つというのがなんともジョニーさんらしいなと思った。

会場の銀座TACTに入ったのはお昼の2時過ぎ。

こじんまりとしたライブハウスの中ではジョニーさんの息子……ケンイチ大倉さん、大倉弘也さんたちがあわただしく動き回っていた。

ちょうどジョニーさんがリハーサル入りするタイミングだったのだ。

スタッフに車イスを押され、ゆっくりゆっくりとステージに上がるジョニーさんの表情はいかにも具合が悪そうだ。

元気な頃のステージを何回も観ている僕はなんだかいたたまれない気持ちになって、何日か前の弘也さんの言葉を思い出した。

「体調がよくない。4、5曲やる予定だけど、もしかしたら1曲も歌えないかもしれない。」


渾身の『ファンキー・モンキー・ベイビー』

椅子に腰かけて、しばらくは一人で考え込むようにアコースティックギターをつまびいていたジョニーさんだったが、やがてドラムス、渡辺拓さんがリズムを刻みだすとフィンガー5『学園天国』の要領で「hey hey hey」と声を出し始めた。

それが何回か繰り返されたあとでおもむろにつんざくようなギターソロが響く……矢沢永吉さんと結成していたキャロルの代表曲で、ジョニーさんの特異な歌詞世界を日本中に知らしめた名曲『ファンキー・モンキー・ベイビー』だ。

a

 

「君はFunky Monkey Baby おどけてるよ……」

以前のようなパワーはなく、かすれてフラットぎみな歌声。

しかし、ジョニーさんの表情はそれまでとはうってかわって精気に満ちている。

多少の技術的な不調はどうでもよく思えるくらいにビシビシと伝わってくる気迫。

リハーサルだからと言って手を抜いたりするつもりはなかったのだろう。

今の自分がどこまで歌えるかを確かめるようにシャウトして、一心不乱にマイクにかじりつくジョニーさん。

a

 

その姿は紛れもなく”伝説のロックンローラー”そのものだった。

その後の本番でも、歌えないどころか……予定をくつがえして……椅子から立ち上がってファンに健在ぶりをアピールしたジョニーさん。

『ホープ』、『涙のテディボーイ』、『彼女は彼のもの』、すべて熱狂的な歓声に迎えられたが、中でも一番盛り上がったのはやはり『ファンキー・モンキー・ベイビー』だった。

リハーサルと変わらぬ、いやそれを上回る勢いでステージを、会場を征服してゆく姿を、僕は取材席から一ファンの目線で見つめていた。

ありがとうジョニーさん

あれからわずか7ヶ月余り。

11月19日にジョニーさんは息をひきとった。

思い残すこともこともたくさんあっただろうが、ジョニーさんの創った歌詞、メロディー、世界観はこの後も長く長く色あせることなく受け継がれてゆくだろう。

ありがとうジョニーさん。

もうリアルタイムでジョニーさんの動向について書けないことは寂しいですが、あの日、わざわざ時間をさいて僕の書いた記事をほめてくれたことは一生の思い出です。


※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。