4.13 ジョニー大倉復活

2014年4月13日、創業50余年を誇るライブハウス『銀座TACT』は定員をはるかに超える200人の観客であふれかえっていた。

『4.13 ジョニー大倉復活』と題されたこの日のイベントが発表されたのは3月下旬のこと。
alt=

 

宣伝や仕込みを考慮すると、通常よりかなり短い準備期間だがそれもそのはず。ジョニーは余命2週間のがん宣告をうけてから、まだ10ヶ月しかたっていない。幸い病状は快方に向かっているとは言え、歩くのがやっとの体調を考慮するとこれがギリギリの判断だったのだ。

あらかじめ僕が関係者から伝えられていたジョニーの演奏曲数は”4、5曲”。もちろんそれだけではごく短い時間になってしまうので、この日はジョニー以外にも長男のケンイチ大倉、次男の大倉弘也、坂本つとむ、桐生大輔らの出演者が脇を固めていた。

ジョニーが病床にいる間、その空座を『ジョニー復活応援ライブ』で温めていた家族、仲間たちだ。


桐生大輔

やや定刻を回って、まずオープニングを飾ったのは桐生大輔。まだ30歳をまわったばかりの若いアーティストだが、以前からジョニーの前座を務めることがことが多く、ファンの間ではおなじみの存在だ。ステージに上ったと同時に「大ちゃーん!」という歓声が響く。
alt=""

日頃はエルヴィス・プレスリーや歌謡曲のカバー歌手としても活躍している桐生大輔。


唐突にかき鳴らされる激しいギターリフから滑り出したのはジョニーがソロデビューして3作目のシングル『ハイウェイ・サタデイ・ナイト』。
alt=

ジョニー大倉ソロ初期の名ロックナンバー『ハイウェイ・サタデイ・ナイト』


続けてジョニーが内田裕也に提供した『レッツ・ツイスト No.1』、キャロル時代にカバーした『グッド オールド R&R』……ツボをついた曲が若い桐生節で生まれ変わる。

彼のジョニーに対するオマージュが伝わるのだろう。会場は一気にヒートアップして、みんなが声をあわせて歌い始める。大成功のオープニングだ。


坂本つとむwithケンイチ大倉

桐生大輔がステージを後にすると、次に登場したのは『坂本つとむwithケンイチ大倉』。
alt=""

坂本つとむ(ex:Teddy Boys)とケンイチ大倉(前名:毛利ケンイチ)のユニット『坂本つとむwith毛利ケンイチ』


この1年、『ジョニー復活応援ライブ』や福島県いわき市の復興支援など、全国を飛び回って活動していた二人。

坂本「地方のツアーでは、ケニー(ケンイチ大倉)じゃなくて僕がジョニーさんの息子に間違われるんですね。すごいリーゼントでヤンキーな人が顔をまじまじとのぞき込んできて”似てるねぇ~”って(笑)」
トークも軽妙で、これまで張りつめていた会場の空気をほどよくやわらげながら持ち歌やキャロルのヒットナンバーを演奏してゆく。

二人の花形がアグレッシブに攻めたてるステージングは見ごたえがあったが、中でもケンイチ大倉がジョニーとの親子関係を想って歌詞をつづった新曲『月に抱かれて ~Moonlight Love~』での涙ながらの絶唱は非常に心打たれるものがあった。


大倉弘也

すっかり場が暖まった頃合で『坂本つとむwithケンイチ大倉』に参加する形で大倉弘也がステージに登場した。
alt=""

俳優としても活躍中の大倉弘也。父とも兄ともまた違った個性的な歌声で『ロックンロール・ストリート』を熱唱した


彼が歌ったのは、ジョニーがソロ初期から大事に歌い続けてきた名曲『ロックン・ロール・ストリート』。

「歩きつづけたロックンロール・ストリート……唄いつづけたロックンロール・ソングス……」

低音がきいた独特の歌声が、オリジナルとはまた違った方向から曲の魅力を引き出していた。彼は今後、俳優業に加えて音楽活動も本格化させてゆくという。

父の歩んできたロックンロールストリートを彼もまた行くのだ。


ジョニー大倉がステージに帰ってきた!立って歌い切った『ホープ』

イベントは順調に進行してゆき、開演から一時間あまりが過ぎたところでいよいよ主役の登場だ。キャロル時代の名曲『ホープ』のイントロがリピートされる中、ゆっくりゆっくりスタッフに伴われながら車椅子でステージに向かうジョニー。

ステージに上がるのもスタッフの手を借りながらのことで、当然椅子に座って歌うのだろうと思いきや、周りの制止を振り切って立ったまま歌い始めた。
alt=

 

「I'm a lonely boy 恋しくて……」

歌声はどことなく力ないが、彼をそこまで奮い立たせている心の強さが観る者まで押し寄せてくる。必死で脇を支えながらやがて涙するケンイチ大倉。

さすが”天然の俳優”ジョニー大倉だ。

けっして意図はしていないだろうが、彼の意思は自然に会場全体を極上のドラマの世界に迷い込んだかのような錯覚に陥らせた。


新たなるロックンロール伝説

「死の淵から舞い戻ったジョニー大倉です! 家族の愛や友達の愛やファンの愛のおかげで2週間という命がなんとここまで来ました!」

高らかに復活を宣言し、椅子に腰を落としてすかさず『涙のテディボーイ』、『彼女は彼のもの』といったキャロル時代の名曲に続けてゆく。会場の400の瞳はステージに釘付けだ。

「ジョニー!ジョニー!ジョニー!」

曲間ごとに会場に響く感極まったかのような観客のかけ声。ステージも、客席も渾然一体となった空間の中で、僕の脳裏に新しいロックンロール伝説が刻まれていった。
alt=""

 


ミッキー・カーチスの熱いエール

この日、音楽・芸能界からも何人かが駆けつけていたが、その中にはキャロル、ジョニー大倉の育ての親であるミッキー・カーチスの姿もあった。

何曲か歌い終えた後で、サプライズ的におこなわれたジョニーとミッキーのトークを以下に記載する。
alt=

ミッキーの前では普段の気むずかしい芸術家の顔ではなく、とても人懐っこい人間味のある笑顔を見せたジョニー。世間のイメージとは異なり、こういった表情こそが彼の本来の姿なのかもしれない。



ジョニー:僕はキャロルというバンドでデビューしたんだけれども、その発掘してくれた人、そしてプロデューサーの人、ミッキー・カーチスが来ています。
せっかく……ミッキー・カーチスさんも肺をやられて葛藤していたということで、僕の気持ちもわかってもらっていると思うんで……ここで失礼なんですが(ステージに招く)……紹介します!ミッキー・カーチス!


ミッキー:ほんとにジョニーを超心配してて何ヶ月か前かなァ……「もうやばいよ」なんて電話があって急いで会いに行ったら……バリバリ元気じゃない。
(会場笑)
キャロルの時代からジョニー大倉を見てきたし、ジョニーがキャロル辞めてからも何枚かやったし。

ジョニー:はい、何枚かあります。

ミッキー:素敵なアルバムがあったんだけど……今日ライブもずいぶん観たんだけど、すげぇいいよな。今までの俺の観たパフォーマンスの中では、今日はやっぱり一番心が打たれるわ。
これが続けばな(笑)キャロルなんて屁でもないよ。

俺は肺じゃなくて心臓をやったんだ。ペースメーカーが入ってる。これ電気で動いてるからな。ホントに『ロボジー』になっちゃった(笑)
 

 

いやァ、でもジョニーの今日のライブ聴けてよかった。もう来られないかなぁと思って……ギリギリまで来られるかどうかわからなくて。
昨日、京都で撮影があって、夕べうまく帰れたんで間に合って良かった! 今日のジョニーのライブが俺は聴けて良かったなァと心から思う! 歌も気分って言うのかな歌の歌詞の情緒が今日はハンパない! これからこれをさらに続けてな。

ジョニー:はい。

ミッキー:目標がないとお前すぐにこんななっちゃうから(うなだれるポーズ)
(ジョニーはにかむ 会場笑)
俺はもう年だからそんな長くないしさ。もう今年76だから。
……もう還暦すぎたの?

ジョニー:すぎました。

ミッキー:ジョニーが還暦なんて信じられない。若い頃から見てるとね。でもまぁ、ほんとなんと素晴らしいことに家族の助け、息子とかファンとかみんなでの助けがあったからここまで生き延びてきたんだろうと思う。
ほんとにヤバかったところから這い上がってきた! 殺しても死なない。
(会場笑)
(じっとジョニーの顔を見つめて)『ジョニー・クール』だね。

ジョニー:ありましたね。

ミッキー:これからもみなさん是非ね、こういう機会がないと弱っていっちゃうから。また次の目標を作って。
「目標!目標!目標!目標!」ってやってると病気なんかは絶対散っちゃうから。そうしてもらいたいと思う。
みなさん、応援を!ジョニー大倉です。
(会場 拍手)

今後の新作に期待!

予定を上回る7曲の最後に出演者、観客が声を合わせて『ファンキー・モンキー・ベイビー』を歌い、大団円のうちにイベントは終了した。

文句のつけようがない、これ以上ないロックンロールなひとときだった。

しかし、一ファンでもある僕の心にはジョニーに対するさらなる期待が生まれている。今こんなことを望むのは贅沢だろうか。

「病に打ち勝ったジョニーの新曲が聴きたい」
 

取材余記

ここからは力を抜いて書きます。
僕はその後、楽屋のジョニーさんに取材のお礼にうかがい、それから取材のコーディネートや以前執筆した『ジョニー大倉復帰!次男 大倉弘也インタビュー』でお世話になった弘也さんとお酒を飲みに銀座某所へ。

alt=""

ジョニーさん、大倉弘也さんと。年の離れた筆者にも優しく接してくれ、握手した手はとても力強かった。「僕について書いてくれているの?また読ませてよ」という言葉は書き手冥利につきます、えぇ……

alt=""

銀座某所にて。今度また疲れてない時に飲みましょう。


お疲れもあるだろうに親しく声をかけていただいたジョニーさんにももちろん感激したけど、いろいろ面倒を見てくれた弘也さんの心遣いにはつくづく感謝感激。

イベントの準備からなにから働きづくめの後なのに、深夜まで腹を割ったお話をしてもらいました。

けっして口数が多くはないがにじみ出てくる熱いフィーリング……この男、俳優としても音楽人としても今後必ずや大きな業績を作ってゆくだろうとにらんでおります。

またこのコーナーで取りあげる機会があると思うので、読者のみなさんご期待ください。



※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。