ジョニー大倉復帰!

2013年6月に肺がんでの入院を公表して以来、活動を休止していたジョニー大倉。

定期的にマスコミにメッセージを発信してはいたが病状は重く、一時は”余命2週間”の宣告を受けるなど予断を許さない状況が続いていた。しかしこのたび、ある情報筋からジョニー大倉復帰ライブの知らせが飛び込んできた。

復帰のその日は4月13日。そう、39年前にキャロルが解散したあの“4月13日”だ。
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東京・銀座の『銀座TACT』で開催される『 4.13 ジョニー大倉 復活!』


ジョニーは重病に臥せながらもけっして希望を失わず、過酷な抗がん剤治療とリハビリに耐えながら、この日の復帰を目指していたというのだ。

復帰ライブに至るいきさつやジョニーの近況について、次男で俳優の大倉弘也さんにお話をうかがった。


突然の癌宣告でうまれた家族の団結

ガイド:ジョニーさんが入院されたのは去年の6月5日でしたが、その前から予兆のようなものはあったんでしょうか?
弘也:自分では少し調子が悪く感じていたようですが、周りはわかりませんでした。それが、定期健診で肺に癌が見つかって「このままでは一ヶ月もたない」と緊急入院になり本当にびっくりしました。

ガイド:ジョニーさんの入院で、ご家族の中にもいろいろ状況の変化があったと思いますが。

弘也:はい。入院中の父のサポートはもちろん、マスコミや関係者への対応などてんてこ舞いでしたね。母は病院で寝泊まりして、兄と交代で付き添い……他にも兄が『坂本つとむwithケンイチ大倉』として『ジョニー大倉復活応援ライブ』で全国を回ったり、家族でいろいろなことを協力して、補い合ってやってきました。
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ジョニー大倉復活応援ライブ


ガイド:もともとご家族の仲は良かったんですね。
弘也:そうですね。母は父の付き人として行動を共にしていましたし、僕や兄の大倉ケンイチもここ何年かライブのステージに参加していたこともあり、コミュニケーションはとれているほうだったと思います。


入院中のジョニー大倉を支えた“4.13”

ガイド:今回の復帰ライブが決まるまでにはどんないきさつがありましたか?
弘也:4月13日は入院中から父がずっと復帰の目標にしていた日なんです。やはり本人にとってものすごく思い入れのある日なので……家族としては心配で、手放しで賛成というわけではなかったんですが「やらなくてはならない」という本人の意向が全てでした。

ガイド:すさまじい気力ですね。しかし体調面など調整が大変だったと思いますが……

弘也:癌の進行は今のところないですし、医者からのOKも出たんですが、抗癌剤治療の影響で体力面はまだまだ本調子じゃないですからね。ライブの内容もこれから何度かリハーサルをして、どれくらいのことができるのか打ち合わせしていかないといけません。

ガイド:退院後のジョニーさんはどのようにお過ごしですか?

弘也:少しずつリハビリをこなしてきて、日常生活に不自由しない程度にはなっています。家の近所を散歩したり、ギターを弾いて歌ったりもしています。
そろそろライブの準備も本格的になってくるので、負担にならなければいいんですが……。


ジョニー大倉は優しい父親

ガイド:時期によって印象は変わるかもしれませんが、ジョニーさんはこれまで弘也さんにとってどんな父親でしたか?
弘也:芸術家肌ですごく繊細な人なんです。一風変わっているというか……(笑)。確かに父の仕事の関係で家族にとって辛いことはありました。嫌になっていた時期もあります。でも自分が二十歳をすぎて社会に出て、芸能界の仕事を志すようになると自然と父の経歴に興味が出てきたんです。父の音楽を聴いたり、出演作品を観る中で「この人すごいな」と尊敬する気持ちが湧いてきました。

ガイド:一人の人間として向かい合うようになって「すごいアーティストだな」と気付かれたわけですね。
弘也:はい。そこに気付いてからは、父の不器用な部分が理解できて、本来の優しさとか人間味のある部分もすごく伝わってくるようになりました。世間には「怖い人」だとか誤解されてしまっていることが多いと思うんですが、実際はとても優しい人間なんです。僕が俳優の仕事を2年ほどお休みしていた時期も、いろいろと気にかけて自分のライブの前座に呼んでくれたりしました。
孫に対してもすごくいいおじいちゃんです。
ガイド:ジョニーさんが書かれる歌詞の世界観は優しさと愛情に満ちていますもんね。一ファンとしても、ジョニーさんがそういう人であったと知ることができて嬉しいです。


再起!「このままでは死にきれない」

ガイド:病気によっていっそう絆の深まったご家族ですが、みなさん今後に向けてどんな抱負をお持ちでしょうか?
弘也:そうですね……これはあくまで僕の想像ですが、父は今一度、ジョニー大倉としての存在感を世間に示したいと思っているはずです。

ガイド:音楽家としても俳優としても十分に歴史に残るキャリアをお持ちですが、まださらなる飛躍を狙っておられるんですね。

弘也:活動が不安定だった時期があって、それが世間からのマイナスの評価につながってしまっていますから……口には出さないけど無念だと思います。
矢沢永吉さんと比較されることもあり、今は「このままでは死にきれない」という気持ちではないでしょうか。
具体的な希望が「キャロル」の再結成なのか、ソロとしての成功なのか、俳優としての成功なのかはわかりませんが、僕も兄も、家族のだれもが父のその気持ちを尊重して応援してゆきたいと思っています。その上で、僕も兄もそれぞれよい仕事をして父の名に恥じない俳優になってゆきたいですね。
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大倉弘也
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どこかジョニー大倉さんの面影を感じる大倉弘也さん。以前、筆者がこのコーナーで書いた『再評価! ジョニー大倉の功績を考える』を読み、今回のインタビューを快諾していただいた


俳優1979年生まれ。東京都出身。
ハリウッドへの留学経験を経て、これまで『252 生存者あり episode.ZERO』、『任侠ヘルパー』、『ドロップ』、『ゴールデンスランバー』などのドラマ、映画に出演。近年は父・ジョニー大倉のサポートでライブに参加することもあり、活躍の幅を広げている。



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