ハイデガーの不屈と糸谷の好きな言葉

ヒトラー率いるナチス。ハイデガーはナチスに惹かれた。大学の学長に就任した際にナチスをたたえる演説をするほどに惹かれた。これは事実であり、これこそがガイドが持っているただ一つの知識である。第2次大戦で敗北したナチス。ファシズムとユダヤ人弾圧は国際社会から糾弾を受ける。当然のごとく、ハイデガーも大学を追われた。だが、である。だが、ハイデガーは、その後、名誉教授として復活するのである。まさしく不死鳥だ。そして、その忌まわしくも映る過去についてこう語ったそうだ。

「(そんな過去は)取るに足らぬことである」

彼の行動、言葉に対する尊敬、嫌悪、賞賛、憎悪……。各人にいろんな感情が交差することはもちろん承知の上で、そして善悪という基準を抜きにして言いたい。この言葉の、なんと、大胆不敵なことか。力強い「不屈」がそこにある。そして、糸谷の好きな言葉の一つが「不屈」なのである。もちろん糸谷がナチスを礼賛している訳ではない。ただ、ガイドはハイデガーの不屈さと、糸谷が好きだと語る「不屈」という言葉に、共鳴性を感じるのだ。ハイデガーから「不屈」を学んだのか、「不屈」があってこそハイデガーに興味を持ったのか、どちらが先かはわからない。しかし、いずれにしても、糸谷将棋も「大胆不敵」であることはたしかだ。その大胆不敵さの顕著な例として、新竜王誕生の対局となった森内戦から一手を紹介しよう。

竜王戦奪取で見せた糸谷の大胆不敵

局面図1

局面図1

竜王戦第5局、2日目は森内の封じ手(76手目▲87銀成)から始まった。さすがは「ステルス」森内。この手は大方が予想していない手だった。誰の視界からも外れたところに現れ、攻め込む。ここに私が言うステルスがある。森内ファン拍手喝采の手である。これが局面図1。赤丸で囲ったものが森内の手、 糸谷の固い穴熊に襲いかかる恐るべき一手だ。

 
局面図2

局面図2

さて、「怪物くん」糸谷はどうするか?局面図2をご覧いただきたい。77手目「▲同銀」。なんと、自ら作り上げた穴熊のふたを開けたのである。この銀は、元の位置に戻ることはほぼ不可能。「さあ、玉将の顔を見せましたよ。どうぞ、攻めてきてください」と挑発するような手だ。また、この手は森内側に千日手の選択を迫る手でもある。つまり、「どうです?千日手もありますよ。どちらでもお選び下さい」と語ってもいるのだ。まさしく「大胆不敵」そのものの手である。この不屈から生まれる大胆不敵こそが糸谷将棋なのだ。ガイドには、ハイデガーとの共通点が陽炎(かげろう)のように見えてくる。

さて、さらに進めよう。私のような門外漢が哲学を知ろうと思えば、あの入門書がある。

 

ソフィーにスルーされたハイデガー

哲学の入門書として世界に名高い『ソフィーの世界(ヨースタイン・ゴーデル=著・須田 朗=監修・池田香代子=訳)』。もちろん、日本でもベストセラーとなった。若かりし頃、ガイドも購入した本である。とても楽しく読める構成であり、スムーズな読破が可能な名著である。今回はガイドにとっても再読の良い機会である。ハイデガーはどのような思想を構築したのか。さっそく索引を引いた。「ハ行」の最初に「ハイデガー、マルティン(1889-1976)578」とある。高鳴る胸を押さえつつ、578ページをめくった。そして驚愕した。なんとハイデガーがスルーされているのである。こんなことがあっても良いのだろうか。棋士紹介の本で羽生善治がスルーされているようなものだ。会話形式で進められるこの部分を引用して紹介しよう。


「キルケゴールとニーチェから影響を受けたのが、ドイツの哲学者、マルティン・ハイデガーだけど、この人はとばして、フランスの実存主義者、ジャン=ポール・サルトルに行こう。サルトルは……」

かようにあっさりと見事にスルーされている。20世紀最大の哲学書を書いたハイデガーがとばされているのだ。何でも将棋と関連させてしまう癖を持つガイドは、ふと村田英雄が「吹けば、飛ぶような将棋の駒に」と歌うヒット曲『王将』を思い出してしまった。

 話がそれた。なぜ、ハイデガーが将棋の駒のようにとばされたのか。ハイデガーは吹けば飛ぶような学者ではない。さては、ナチスに関わった過去が影響していたのか。その理由は、後になって浮かび上がってくるのだが、この時点では、まったく見当もつかなかった。仕方がない。ガイドは次の書へと進んだ。