無理と言われたが来てしまった!?

亀清旅館の露天風呂

自慢の露天風呂はタイラーさんの手作り!


――実際の旅館の仕事はいかがでしたか?

うちの母達のやり方を見ていたら、「現状維持」でやってるから、私はその形でやっていけばいいかな~と思っていたのですが、それは大間違いで!(苦笑)

彼はどんどん直して、改革して、露天風呂も作ると言い出した時点では本当にびっくりしました。のんびりアメリカに行って生活して、そのままのんびり現状維持で旅館をやろうと思っていた自分とは大違いでした。

――タイラーさんはたぶん、この旅館の価値をすごく分かっていたのですね。

建物を見て、もったいないとは思ったでしょうね。アメリカからこちらに移る前に、1人でまず先に来て、母と会って話をしていました。

――お母様は喜びました?

その時、私はアメリカにいて、彼1人で来て、父はもう亡くなっていたので、母と姉2人と姉の旦那さんと、取引先の銀行の支店長さんと、会計事務所の人も呼んで、話をしたそうです。

――経営会議のようですね!?

そうそう。その時、彼は「無理じゃないか」って言われたんですよ。だからもうアメリカに帰ってね、と。こっちはこっちで、私たちだけで何とかやるから、みたいな。わざわざ来てくれてありがたいけど、気持ちだけは受け取っておくから、と。

――そこからどう大逆転したのですか?

いや、もう行くからと勝手に決めて、来てしまったんです。今はリフォームした自宅にいますが、その時は、船便で荷物を送ったから空いている客室がないかと母に聞いて……。そこで生活しながら、ちょっとずつちょっとずつ旅館の仕事をやっていました。伯母から、最初の3年は黙ってやりなさいみたいなことを言われ、それに従って、黙ってゆっくりやっていました。でも3年はあっという間でしたね。その間に彼はいろいろなところに顔を出して、今では母よりも町のことをよく知っているかもしれません。

亀清旅館の夕食

地元の食材をふんだんに使った夕食

――若女将のお仕事は?

私はまだ文句言いながらやっています(笑)。
旅館の仕事について、母は何も教えてくれなかったんです。でも、かえってそれでやりやすかったかも。昔ながらの旅館で、こういうしきたりで、こうやりなさいというのがあったら、タイラーもたぶん残っていないと思いますよ。