<若女将・磨利さんへのインタビュー>

ピンポイントで長野を目指したタイラーさん

亀清旅館

身長差は何センチ!? 素敵なカップルです。


――タイラーさんと知り合われたのは、たしか地元の英会話学校ですよね?

はい。私が先に生徒で通っていて、後から先生として来たのがタイラーだったんです。そしたらすごい積極的で、長野のことをもっと知りたいからいろいろと連れていってほしいと言われて。最初はお友達みたいな形でした。

――もともと東京ではなく、地方の長野に興味をもっていたのですか?

彼のアメリカの大学の先輩が長野県の人だったんですね。タイラーはその頃から日本語に興味があったので、日本人とのクラブ“Japanese-English ナントカassociation”みたいなのに参加していたら、1人の女性の先輩が長野の人で、一度長野に遊びにおいでよと誘われて、それで来たのがいちばん最初でした。

その頃はまだ長野新幹線がなくて、特急「あさま」で東京から来て、軽井沢に入るあたりになると森や山がありますよね。それで、海こそないけれど自然がいっぱいある、これはいいところだなと思ったらしいんです。自然が好きだし、故郷のシアトルみたいな感じだからって。

その時はただ先輩に会いに来たのですが、後々「ジャパンタイムズ」で長野の英会話学校で先生を募集しているのを知って、応募したんです。

――その時はもう長野を目指して?

そうですね。もう日本語も話せてました。大学の4年間で勉強していましたし、卒業してから来ましたので。その間も、夏休みに旅行で日本に来たりしていたようです。


英会話勉強中のOLだった磨利さん

――磨利さんが英語を勉強していたそもそもの理由は何ですか?

イギリスに1カ月の短期で留学経験がありましたが、もうちょっと長く留学したいなあと思っていたのです。その英会話学校では、英検とかTOEICとかキャリアを積むほうを勉強していたんですよ。それで資格を取ろうと思っていたら、そこの日本人の先生が「もう働いているんだったら、英会話のほうを直接習ったほうが、もっと楽しいのでは?」とアドバイスしてくださって。それで切り替えて、英会話コースのほうに移ったのです。

――当時、旅館のお仕事は?

まったくしていませんでした。普通の会社にお勤めしていました。

――3人姉妹とうかがいましたが。

はい、その末っ子です。でも姉2人がもう家を出ていたので、私も旅館を継ぐ気は全然なかったですね。