葡萄畑そのものが世界遺産
レマン湖北岸の急斜面には一面の葡萄畑が広がる
スイス最大の湖、レマン湖の北岸はスイスを代表するワインの生産地として有名です。レマン湖北岸の葡萄畑の中でもローザンヌとモントルーの間はラヴォー地区と呼ばれ、世界文化遺産に登録されています。石垣がテラスのように連なる葡萄畑と、目の前に広がるレマン湖が織りなす絶景には、息を飲むばかり。そして千年もの間、変わらず受け継がれてきたワイン生産農家の暮らしと伝統が、ここに息づいています。
葡萄畑そのものが世界遺産の対象になっているのは、このラヴォー地区だけ。「葡萄畑がなぜ世界遺産に?」と思われるかもしれません。ここではラヴォー地区の葡萄畑が世界遺産としての厳しい登録基準をクリアし、人類にとって普遍的な価値があると認められたその背景に迫ると同時に、この地方の魅力をお伝えします。
3つの太陽に恵まれた急斜面の大地
品質の良いワインを作るためには、葡萄の糖度や酸度を高める必要があります。そのため、葡萄の生育には十分な日照が条件となります。そしてラヴォー地区には「3つの太陽」があると言われています。「3つの太陽」とは、まず本物の太陽。ラヴォー地区は南西向きの斜面のため、特に日照に恵まれています。2番目の太陽は、湖からの反射光。広大なレマン湖の湖面は巨大な鏡となり、太陽の光を下から注ぎます。そして3番目の太陽は、石垣の輻射熱(ふくしゃねつ)。急斜面を支える石垣が日中に蓄えた熱が、夜間の温度の低下を防ぎます。
この3つの太陽に加え、急斜面で水捌けが良いこと、そして冬から春にかけ、ローヌの谷を伝って南から吹くフェーンも葡萄の生育に役立ちます。ラヴォー地区には8ヶ所のワイン生産村があり、さまざまな土壌と日射の違いによる微妙に味の異なった個性的なワインを生み出しています。
千年の時を越えて続く生産農家
ラヴォー地区でのワインづくりは、古代ローマの時代まで遡りますが、現在の葡萄畑の原型ができたのは11世紀頃。当時は修道院がこの地を支配していました。そして中世ヨーロッパでは、各地の修道院がワインの生産に大きな役割を果たしていました。ラヴォー地区でも、修道士たちが急斜面を開拓し、石垣を築き、周辺に通じる道路を整備しました。その後14世紀にはワインづくりは修道士たちから生産農家に引き継がれます。サヴォワ、ローザンヌ司教、ベルン州、ヴォー州とこの土地の支配者は時代とともに変わっていきますが、ワインづくりの伝統は千年の時を経てもなお脈々と引き継がれています。
ワイン生産農家の中には、17代目の子孫にあたる人もいるそうです。千年前となると日本はまだ平安時代。平安時代から連綿と続く伝統の農家を想像するだけでロマンを感じます。
多くの労力と丹精を込めて作る葡萄
葡萄栽培と言えば葡萄の棚を思い浮かべますが、ヨーロッパではこのような棚は作りません。日本は高温多湿なため、害虫が病気を防ぐために棚を作りますが、スイスでは木を一本ずつ棒立てにする方法が一般的です。手間がとてもかかる方法ですが、葡萄をバランスよく熟すことができます。レマン湖地方のワインは白が約7割で、主な樹種はシャスラです。フルーティーで爽やかな味わいで人気があり、各生産村によって微妙な味の違いを楽しむことができます。
葡萄畑の中の石垣は、土留の壁となります。急斜面のため、この土留が無いと雨が降る度に土壌は湖へ流れてしまいます。最も急な場所では石垣と石垣の間はわずか2m。そして上下に何十段もの石垣が続きます。石垣の総延長は1,000キロ。東京~大阪の往復にほぼ匹敵します。
この急斜面での葡萄栽培は、大変な苦労が伴います。摘み取った葡萄や重たいものを運び上げたり下ろしたりするだけで、相当な労力が必要なはず。葡萄栽培は、畑作や牧草栽培の3~4倍もの労力を必要とします。
ラヴォー地区が誇る8つの銘柄
ラヴォー地区のワインには、各々のワイン生産村と同じ名称が付けられています。全部で8つの村、8つの銘柄があり、原産地呼称統制(AOC)を定めて品質の保持に努めています。■ラヴォー地区の8つの生産村(銘柄)
・ カラマン Calamin
・ シャルドンヌ Chardonne
・ デザレ Dezaley
・ エペッス Epesses
・ リュトリー Lutry
・ サンサフォラン St-Saphorin
・ ヴヴェイ・モントルー Vevey-Montreux
・ ヴィレット Villette
この中でもデザレは特に人気の銘柄。芳醇で深みのある味が特徴です。