実はヘルペスウイルスというのはこの唇にできる水泡の名前がヘルペスと呼ばれるところから命名されたものです。
「ヘルペス」といえば、ちょっといやな感染症というイメージですが、ほとんど誰もが感染しているウイルスです。単純ヘルペスウイルス1型では数十%、小児期に感染して突発性発疹を起こす6型の場合はほとんどの人が体にもっているそうです。
今回、このヘルペスウイルスの特徴を逆手にとったすばらしい研究成果を紹介します。
ガン治療もヘルペスウイルス注射の時代がくるかもしれない。
ヘルペスウイルスの性格を逆手にとった疲労測定とは
実はこのヘルペスですが、ほぼ全ての人が保持しているウイルスで、普段は大人しく身体の中(神経繊維の節や免疫細胞)に潜伏しています。この潜伏感染の状態ではウイルスは増えもせず、他のヒトへ感染することもありませんが、免疫力が低下するなどすると、この潜伏感染の状態からウイルスが再活性化して口唇に水疱ができたりします。例えば皆さんの周りにも、ひどく疲れると唇にヘルペスが出る人がおられると思います。このようにヘルペスが出る人の中には、ヘルペスが出ることを自分の疲労の度合いのバロメーターにしておられる方もいるようです。
また、ヘルペスウイルスは研究が進んでいてアシクロビルをはじめとした抗ウイルス剤が有効です。
■参考記事:ヘルペスの特徴・症状・治療法
普段は大人しく身体の中に潜伏していますが、疲労や病気によって身体が弱ると、ヘルペスウイルスは「体の外に逃げ出そう」とします。何故かと言うと宿主(人間)が弱ってしまうと生息していくに当たって不利になり、最悪死んでしまおうものなら自分(ウイルス自身)も「共倒れ」となってしまうからです。
人間社会でたとえると、会社の経営状態が傾いたことを察知したサラリーマンが、危険を避けるために転職する、と言う構図に酷似しています。
ヘルペスウイルスが逃げ出そうとする際には「唾液」に集まるので、この「唾液」中のヘルペスウイルスの数を計測すると疲労度がわかるということなのです。疲労測定に使うヘルペスは、ほとんどの人がもっているヘルペス6型を使用します。
このことから、過労死などの原因となる「仕事によってたまった」疲労をヘルペスウイルスの再活性化を利用して測定できるようにしたり、疲労の原因物質の発見や、疲労を予防したり軽くしたりするための研究が進められています。
ガンに立ち向かうヘルペスウイルス
ウイルス療法とは、ウイルスをがん細胞に感染させ、ウイルスの直接的な殺細胞作用によりがんの治癒を図る治療法です。がん細胞は元来、正常細胞に比べウイルス感染に弱く、がん細胞にウイルスが感染するとウイルスがよく増えることは昔からよく知られていました。そこでウイルスの遺伝子を組み換えて、がん治療用のウイルスを作る研究が1990年代に始まり、さまざまなウイルスの開発が進められてきました。
ここで使用されるのがなんと単純ヘルペスウイルス1型で、単純ヘルペスウイルス1型はさまざまな腫瘍溶解性ウイルスの中でも特にがん治療に有利な特長を多く持っているのでした。
- がん治療用の遺伝子組換えウイルスとして最も早くから開発された
- ほぼあらゆる種類のヒト細胞に感染できる
- がん細胞を殺す力が強い
- 抗ウイルス薬が存在するので、治療をコントロールできる
東京大学科学研究所脳腫瘍外科で使用されるのは、ウイルスのDNA合成に必要な酵素の遺伝子を変異させるなどして、正常な細胞ではウイルスは増えないが、がん細胞に限ってよく増えるようにした「G47△デルタ」という名前のヘルペスウイルスで、増殖過程でがん細胞を破壊し、死滅させます。
遺伝子操作で高い安全性を獲得しながら、強力な抗がん作用を発揮できる「G47△デルタ」が、世界に先駆け、日本で実用化に向けた臨床試験が2009年より悪性脳腫瘍の患者を対象として行われ、また前立腺がんや脳腫瘍などのウイルス療法の臨床試験がすすめられています。
<参考資料>
慢性疲労患者における唾液の生物学的評価、近藤一博(東京慈恵会医科大学ウイルス学講座教授
http://www.fuksi-kagk-u.ac.jp/guide/efforts/research/kuratsune/h22/pdf/h22-bun11.pdf
単純ヘルペスウイルスを利用した癌に対するウイルス療法、
〔ウイルス 第 57 巻 第1号,pp.57-66,2007〕
Lifting the fog around Anesthesia(SCIENTIFIC AMERICAN June 2007)
ウイルス療法 東京大学医科学研究所附属病院 脳腫瘍外科
http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/glioma/treatment/virus.html