9月26~28日に、ホテルニューオータニで開催された第16回 日本臨床獣医学フォーラム年次大会2014に参加してきました。今回、特に聞きたかった講義は一般社団法人 日本臨床獣医学フォーラム 会長 石田卓夫先生(赤坂動物病院)の「これが正しいワクチンの議論決定版 臨床ウイルス学・免疫学の専門家が教えるワクチン学? ワクチンは打たなくてはいけないし、打ちすぎても問題?」です。今までにも、ワクチンについては書いてきましたが、ここで最新の情報を仕入れてきましたので、皆様にもご紹介したいと思います。
ワクチンと免疫
あなたの猫はワクチンを打っていますか?どんなワクチンを、いつ、どのような状態で打つかを決めているのはあなたですか?
そもそも、ワクチンがなぜ必要なのか?
ワクチンを打つことで、どんな効果があるか?
ワクチンの副作用は?
どれぐらい空けて打てばよいのか?
お年寄り猫になっても打つ必要があるのか?
などなど、ワクチンがどのようなものか理解して、獣医師と相談してワクチンを打っていますか?
いま、地球上に生き残っている動物には、免疫というシステムが備わっています。免疫が弱い動物は、自然淘汰されてきました。免疫があるから、二度同じ病気に罹らなくなったり、または軽く済ませることができるのです。
ワクチンは健康に過ごすために必要なものです
ワクチンを接種すると、人工的に感染症(ばい菌やウイルスに感染して起こる病気)に似た状況が作られ、身体は病気に罹ったという間違った情報を覚えます。感染症の原因となる病原体(ばい菌やウイルスなど)は、微生物なので肉眼では見えませんが、そのとても小さな小さな病原体が身体の中に入ってきたら、身体はそれを異物として認識します。
白血球のひとつのヘルパーT細胞(リンパ球)は、身体の中を循環・監視している司令官です。ヘルパーT細胞には、メモリー機能があるので異物(抗原)の特性やどんなものなのかを細かく覚え、同じものが入ってきたら、B細胞というもうひとつのリンパ球に「敵をつかまえろ」と指令を出します。指令を受けたB細胞は、その敵の情報をもとに、捕まえるための特別なタンパク質「抗体」を作ります。
また、抗体で捕まえるのが難しい異物にはキラーT細胞が立ち向かいます。「敵を殺せ」という指令を受けたキラーT細胞は、敵を破壊し、乗っ取られた細胞も一緒に壊してしまいます。
ワクチンを打つと、この最強のキラーT細胞も抗体も作られるので、万が一身体の中に病原体が入ってもやっつけることができるのです。ウイルスが血液の中に入って体中を駆け巡る命にかかわるような病気、例えば猫パルボウイルス感染症などは、免疫がほぼ完璧に守ってくれるので、ワクチンが入っていれば、罹らないし死ぬようなことはありません。
しかし、風邪引きのような軽い病気、涙目になったり、鼻がでたり、くしゃみが出るような病気はワクチンで守ることが難しい病気です。なぜかというと、免疫は血液の中にできますが、このような病気のウイルスは鼻や目や喉の粘膜にくっついて、その場所で病気を起こすからです。鼻などの粘膜の表面には普通抗体がないので、ワクチンで完璧に守ることができないので、猫の呼吸器病系のワクチンを接種しても、また涙目になったり鼻水を出したりすることがあります。しかし、風邪引きの症状が出ても、肺炎を起こして死ぬほどひどい状態にはなりません。死ぬようなひどい状態にならないのは、ワクチンがしっかり効いているという証拠です。
猫風邪で目をやられた子猫
どんなワクチンをどう打つのが一番効果的なのか?
細胞の反応というのは、最初それほど高くなくても、回数を重ねると高くなる傾向があります。そのためにワクチンは初年度複数回接種します。うまくいけば、一度のワクチンでも充分強い免疫が作られますが、長く強く続く免疫を作ろうと思ったら、複数回接種が必要です。ワクチンの効果を妨害する因子はたくさんありますが、一番の強敵はお母さん猫の初乳に含まれる移行抗体です。これは出産後24時間以内のお母さん猫のおっぱいに含まれていて、子猫はそれを飲むことで感染症から守られます。しかしこの移行抗体は、子猫によっていつ切れるかわかりません。そこで、初年度は移行抗体が切れるおおよその時期に合わせ、生後8週、11週、14週が薦められています。その1年後に再度接種し、免疫を高め、その後は3年ごとの接種で守られます。
理想的なワクチネーションとして、生後8週、11週、14週、1歳、4歳、7歳、その3年後の10歳で接種するかどうかは、その時の猫の環境、健康状態などを主治医の先生と納得できるまで話し合って決めて下さい。若い頃にきちんとワクチネーションができていれば、高齢になっても免疫は保たれているはずです。高齢になってからはワクチンより、もっとケアしなければいけない身体の問題が出てくるでしょう。
ワクチンは肩甲骨の間以外に
副作用の問題
ワクチンには副作用があります。ですから必要以上に接種しないようにします。昔のワクチンは、効き目が低い弱かったので副作用も少なかったですが、近年のワクチンは非常に効果が高くなっている分、副作用も強く出ることがあります。必要以上に接種しないなど使い方を間違わないようにしてください。接種後24時間は、熱っぽかったり、食欲がなかったり、だるそうに眠ってばかりかも知れません。これはごく一般的に見られる副作用の一例です。24時間以上経っても、同じような状態が続くようでしたら獣医師に診せて下さい。また一般的にワクチンでは下痢は起こりません。
まれにワクチンに対してアレルギー反応を起こす猫がいます。アナフィラキシーショックなどを起こすと呼吸困難になり命にもかかわりますが、アナフィラキシーショックが起きるのは、ワクチン接種後だいたい1時間以内です。ワクチンを接種する日は余裕を持って動物病院に行き、接種後1時間程度病院の待合室で猫の様子を観察し、問題がなければ帰宅するようにして下さい。
一番問題になるのは、ワクチンを打った場所にしこりができることです。よくワクチンに使われているアジュバント(添加剤)が原因だといわれますが、これだけが原因ではありません。
そもそも猫には、そのほかの薬や栄養剤などであっても注射されると、その場所にしこりができやすい動物という特性があります。ですから、万一しこりができても、治療しやすい場所に注射してもらって下さい。猫が舐めにくい場所だからという理由で、以前は肩甲骨の間に注射することが多かったですが、肩甲骨の間にはほとんど筋肉がないので、しこりができても深部まで入って行き、完全な摘出手術ができません。ワクチンだけでなく、全ての薬剤は肩甲骨の間以外の、皮膚の下に薄い筋肉がある場所に注射してもらってください。
また、ワクチン接種後1ヶ月は、接種した部分を毎日優しく撫でて膨らみがないか確認して下さい。もし膨らんできたら1ヶ月はそのまま様子を見て、膨らみが小さくならなければ獣医師に相談してください。腫瘍になるまで放置してしまったらそれは飼い主の怠慢です。
ワクチン前には健康診断も
一番効果が高いワクチンとは
自然界には、病原体に感染しても自力で治ってしまう猫がいます。このような猫が持っている免疫は何より一番強力です。一度パルボに感染して、治った猫は二度とパルボには罹りません。ワクチンに使うのは、弱い病原体か死んだ病原体です。弱い病原体を弱毒生(なま)ワクチンと呼びます。生ウイルスを身体の中に入れると感染したときと同じような免疫の反応が起き、感染が起こったと身体が認識して最強の免疫反応ができます。自然の免疫ほどではありませんが、ほぼそれに近い免疫ができます。しかし、生ワクチンは病原体によって強く副作用が出るものがあります。
副作用が心配なときは、死んだ病原体の不活化ワクチンを使います。死んだ菌やウイルスですから、病気を発症させる力もない分、効き目も弱いです。そこでアジュバントという添加剤を少し入れることで、不活化ワクチンでも弱毒生ワクチンと同じくらいの高い免疫力がつくようになります。しかしこちらにも副作用があります。
そこで一番効果が高いとされているのが、生ウイルスと不活化ウイルスの混合ワクチンです。生ウイルスが入っているので細胞性免疫が働くことで、不活化ウイルスに対する免疫もつられて強くなります。
パルボウイルスの話
猫汎白血球減少症(猫パルボウイルス感染症/FPLV)、三日コロリという恐ろしい呼び名を持つこの病気は、非常に死亡率が高く、特に子猫が罹るとほとんどは助けることができません。パルボウイルスは、自然界で3年以上生存し、一般的な消毒薬では簡単に清浄化することができない生命力の強さと、感染力の高さをもっています。パルボウイルスには犬と猫にそれぞれ感染するものがありますが、猫は不幸なことに犬のパルボウイルスにも感染することがあります。このウイルスは、どこに存在しているかわかりませんので、もしかしたらあなたは靴の底にこのウイルスをつけて、マンションの18階の自宅まで運んでしまう可能性もあります。うちの猫は外に出さない、高層マンションに住んでいるのだから、病気に罹ることはないと思い込まないで下さい。
このような致死率の高い恐ろしい病気に罹らないようにするための唯一の防御策がワクチン接種です。特に生ワクチンが高い効果を現すことが証明されています。
ワクチンに必要なものは、正しい知識と接種タイミングです。たくさん打てばよいかというとそうではないし、無用に副作用を怖がる必要もありません。ワクチンは、猫が健康に生涯を終えるために、恐ろしい病気のリスクを少しでも減らすために必要不可欠な予防医学のひとつです。
一般社団法人 日本臨床獣医学フォーラム 会長 石田卓夫先生(赤坂動物病院)