世界遺産/ヨーロッパの世界遺産

アウシュヴィッツ - ビルケナウ/ポーランド(4ページ目)

ユダヤ人ら数十~数百万人が殺されたといわれる負の遺産、アウシュヴィッツ - ビルケナウ。ここには誰もが忘れてはならない世界遺産の大切なメッセージが込められている。アウシュヴィッツに触れて世界遺産をもう一度考えてみよう。

長谷川 大

執筆者:長谷川 大

世界遺産ガイド

アウシュヴィッツと人間の狂気

第二収容所、ビルケナウの木造収容棟。まるで家畜小屋のようなバラック

第二収容所ビルケナウの木造収容棟。まるで家畜小屋のようなバラック。第一収容所より明らかに粗末

第一収容所のトイレ。第二収容所のトイレは穴があるだけ ©牧哲雄

第一収容所アウシュヴィッツのトイレ。第二収容所のトイレは穴があるだけ ©牧哲雄

ビルケナウは美しい。芝は緑に萌え、林には色とりどりの草花が咲き、池は空を映してやさしく揺れている。しかし60年前、囚人たちはその林で毒ガスのシャワーを待ち、水の変わりにチクロンBを浴びると灰となって林に戻り、池に捨てられた。こんな普通の場所で、ごく日常的に、毎日数百人が次々と虐殺された。

戦争は残酷だ。ましてホロコーストが残虐で人間性のかけらも感じられないなどということは、子供だってわかることだ。かつて映画『地獄の黙示録』の記者会見で、フランシス・コッポラ監督はこんなことをいった。「戦争の本当の恐ろしさは、ナパーム弾の攻撃を美しいと思わせてしまうところにある」。

 

第一収容所の絞首台。ここで絞首刑を行った

第一収容所アウシュヴィッツの絞首台。ここで絞首刑を行った

ヨーロッパ中で数十の強制収容所が作られた。一説では総計600万人が殺されたといわれている。ユダヤ人の収容・殺害にかかわったナチス側の軍人の数は数万人にのぼるだろう。ニュルンベルクでナチスの戦争犯罪が裁かれたとき、証人のひとりはこんなことを語ったという。「驚くべきは、そんなナチスの人々も、妻を愛し、子供を愛していたことだ」。家族を愛し、子供を愛するごくごく普通の人間が、ユダヤ人を狩り、収容所に送り、殺害した。

戦争を裁くのは簡単だ。虐殺は残酷だというのも簡単だ。しかし、そんな反省を繰り返しても、旧ソ連で、中国で、カンボジアで、ルワンダで、いまだってスーダンで虐殺は起きているし、小規模な殺人なら世界各地で起っている。結局戦争反対なんかじゃ戦争はなくならない。そんなことは十分わかった。では、いったいどうすればいいのだろうか?

 

世界遺産とアウシュヴィッツとあなたと私

第一収容所の死の壁。この石壁の前に整列した囚人たちを次々に射殺した

第一収容所アウシュヴィッツの死の壁。この石壁の前に整列した囚人たちを次々に射殺した

生死を分ける鉄条網と監視塔

第二収容所ビルケナウの生死を分ける鉄条網と監視塔

アウシュヴィッツは「普遍的価値」を持つものとして、世界遺産登録された。登録理由には、「この恐るべき物件を維持することが、世界平和に貢献する」とある。

「普遍」であるからには、当然全時代の全人類に共通する価値であるはずだ。世界にはいろんな文化・思想・信念・宗教があるが、そんなものをすべて超えたものでなくてはならない。

たとえば目の前で次々と人が殺されていく。それを見たら誰でも「おかしい」と思うはずなのに、戦争の中ではそれが「普通」になってしまう。ビルケナウのような美しい場所で人が惨殺されても、それが当たり前に思えてしまう。

 

第一収容所の収容棟群

第一収容所アウシュヴィッツの収容棟群

私たちは、こう考えなくてはならないのではないだろうか。「同じ状況になったら、あなたも私もユダヤ人を殺すだろう。それが正義だと信じてチクロンBを投げ入れるだろう」。そして、それにもかかわらず、そこで一歩踏みとどまるためには何が必要なのか?

「普遍的価値」がもし本当にあるならば、きっとそれこそが我々を踏みとどまらせるに違いない。なぜって、それは思想や信念・宗教を超えて、全人類が共通して持つものなのだから。そして、自分が思い描く自分勝手な「正義」なんてものにではなく、人間誰もが持つもの、人間そのものを尊ぶことができるようになったとき、きっと戦争は終わるはずだ。

アウシュヴィッツは、世界遺産条約が訴える普遍的価値の本当の意味を、こうして投げかけている。アウシュヴィッツを訪れて、ぜひその意味を感じ取ってほしい。
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