傍観者もいじめに加担している

傍観者もいじめに加担している

傍観者もいじめに加担している

いじめは「いじめる側(加害者)」と「いじめられる側(被害者)」だけではなく、実は「自分には関係ない」と思っている「傍観者」というものが存在します。

いじめの傍観者はいじめを見て見ぬふりをしながらも、いじめっ子の働きかけひとつで簡単に加害者側にもついてしまいます。そこには「浮きたくない」「自分の居場所を守りたい」という子供なりの“保身”があります。保身はダメだというのは簡単ですが、現代のいじめの陰湿さを考えると、大人の立場で「保身をするな」と頭ごなしに言っても、子供たちには酷な部分があると思います。

しかし実際には傍観者でいつづけた子供たちの心も傷ついています。「13歳からの道徳教科書」(育鵬社)には、「葬式ごっこ―8年後の証言」という項目で1986年の中野富士見町のいじめ自殺事件当時、傍観者でいた青年の言葉が掲載されています。大人になった今でも忘れられないとのことです。また2000年の有秋台中いじめ自殺事件の被害者のクラスメートだった青年に実際に話を聞いたこともありますが、ずっとこころの奥に小骨が刺さったような気持ちで過ごしていると言っていました。
 

「相談する勇気」を持とうと子供たちに伝えること

いじめをなくす方向の選択を

いじめをなくす方向の選択を

子供たちは、いじめを大人に相談しても何も解決しないのではないか、自分が巻き込まれて嫌な思いをするだけではないかと思っているのが実情です。そこで親は、力になる大人がいるというメッセージを伝え続け、相談する勇気を持とうと訴えましょう。

一方、「自分の子が悪いことを傍観するような人になってほしくない」という思いとともに、いじめの実態を知れば知るほど「自分の子供が被害者になって万一自殺するようなことになってしまったらどうしよう。」という気持ちで揺れる人も少なくないでしょう。

ただ一つ、心に留めておいてほしいことは「傍観者もいじめに加担している」ことは事実で、この立場にある人が勇気を出して「助ける側」に立ったなら、いじめ問題は解決に向かって動き出すということです。学校の先生が、いじめ加害者を指導できない理由の多くが、加害者側の方が多数でここを敵に回すと学級崩壊につながるという恐れがあるからということからです。ですから、より多くの人が「いじめをなくす」「被害者を助ける」方向を向くことがわかれば対処はしやすいのです。
 

まずできることをする

一人一人が「いじめをなくす」方向を向いてできることを考えてみましょう。子供といじめについて話す機会を増やして、もし、クラス内でいじめが存在することがわかったら以下のことを伝えてあげてください。

一つ目は「仲間を作ること」です。一人で勝てるほど、いじめ問題は簡単ではありません。学校の先生や親しい友達に相談すること、そしていじめられている被害者の仲間になるように話をしてみましょう。残念ながら、被害者の子と学校で仲良くすると、自分もいじめられてしまう可能性があります。しかし、学校では交流できなくても、メールや電話で励ましてあげることはできます。「助けてあげられなくてごめんね。」と伝えるだけでも、いじめられている子には嬉しく、孤独感からは救われます。

二つ目は、「いじめの現状を書いた手紙を匿名で学校に出す」ことです。もし、これで学校が動いてくれなければ、教育委員会に手紙を送ることもできます。平成25年にいじめ対策推進法が制定され、いじめの禁止と学校と職員はいじめが起きていることがわかったら動かなければならないことが決められました。まず、身近ないじめを学校や教育委員会に知らせることが大事です。


このように「傍観者」から一歩踏み出す勇気を子供たちに伝えてあげることは子供の将来にとっても大切なことだと思います。そして、子供が勇気を出して「いじめをなくす」行動をしたときには、どうか精神的な支えとなり、いじめの二次被害を出さないよう注意深く見守りましょう。

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