知らない世界が見えてくる『おとうさんのちず』

ナビゲーションシステムが発達し、最近では地図を見る機会がめっきり少なくなりました。でも、地図には何か見る者をときめかせるロマンがあります。それは子どもたちにとっても同じこと。海賊たちが持つ宝島の地図やハリー・ポッターが使う「忍びの地図」にドキドキしたお子さんもたくさんいることでしょう。そこで今回は、知らない世界が見えてくる地図の魅力を余すところなく伝える作品『おとうさんのちず』をご紹介します。ポーランド出身の絵本作家ユリ・シュルヴィッツ(※)の自伝的絵本です。

1枚の地図がぼくにくれた「魔法の時間」

『おとうさんのちず』の表紙画像

1枚の地図があればぼくは世界中どこへでも行けるんだ

戦争で故郷を追われた僕たち一家は、遠い遠い東の国まで逃げてきました。過酷な自然条件の中劣悪な環境に身を置く一家は、食べる物にさえ事欠く始末でした。ある日、わずかばかりのお金を手に市場へパンを買いに行った父親が持ち帰ったものは、柔らかなパンではなくたった1枚の大きな世界地図でした。お腹いっぱいになるどころか、食べることさえできない地図……。

ひもじさに父親を恨みたくなる少年でしたが、翌日お父さんが壁に地図を貼ると思いがけないことが起こったのです。暗かった部屋に色があふれ少年の毎日が一変しました。少年は地図の虜になりました。

ひとたび地図を眺めれば、地図に書かれた見知らぬ街の名前で詩を作り、呪文のように唱えて遊ぶことができましたし、空想の中で灼熱の砂漠に降り立ったり極寒の雪山に登ったりして楽しむこともできました。果樹園で南国の果物を好きなだけ食べれば、ひもじいことも貧しいことも忘れることができました。それは、少年にとって魔法のような時間でした。

世界地図のイメージ画像

1枚の地図が後の素晴らしい絵本作家を育てたのかもしれませんね

地図の中の空想の世界を自由に飛び回って遊ぶ少年を見るうちに、筆者はあることに気がつきました。「これって絵本の世界を楽しむ子どもたちと同じではないかしら?」そうなんです。きっかけが地図であっても絵本であっても、想像力が子どもたちの夢や希望を呼び覚まし、豊かな心を育んでくれることが必ずあるはずです。

その証拠に、少年はパンを買わなかったお父さんを許し、こうつぶやいたのです。「おとうさんは ただしかったのだ」と。少年は空腹を癒すパンよりも大切なものがあると実感したのでしょう。ありがちな理想論でなく実体験から発せられた主人公のひとことが作者の声となって、戦争への静かな抗議をまといながら、読者の胸に深く刻みこまれていくようです。


【書籍DATA】
ユリ・シュルヴィッツ:作 さくまゆみこ:訳
価格:1620円
出版社:あすなろ書房
推奨年齢:7歳くらいから
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※参考 ユリ・シュルヴィッツについて
ポーランドのワルシャワ出身の絵本作家。アメリカ合衆国へ移住後コルデコット賞を複数回受賞している実力派です。代表作として本作のほか『よあけ』『あめのひ』『空とぶ船と世界一のばか』などがあります。

 





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