現在、このお屋敷はレストランとなっていて、食事はもちろんウェッディング、パーティーなどにも使われています。ケーキとお茶だけでもオッケーなので確認してぜひ訪れてみてください。伯爵気分になれる豪奢なインテリアも見もの! 最寄り駅は大江戸線・若松河田駅ですが、新宿の繁華街からも徒歩20分程度です。出典:小笠原邸web2013年、内装を全面リニューアルしてインテリアはシックな内装になり、靴売り場には「シャンパン・スタンド」も。「売り場の中にスタンドができるっていうのは、私が知る限り60年代以来。伊勢丹のリニューアルでいちばん成功した点だと思うんですね。昔はホットドッグスタンドとかがあったの」(ジャズミュージシャン・文筆家でデパート評論家(?)菊地成孔さんのラジオでの発言より抜粋)。現在は、リノベーションされてエンターメント企業として知られる「吉本興業」の東京本部が入っています。写真のように現在ではゴールデン街側の裏側からしか見ることができません。校庭からのファサードが美しかったのですが…。竣工当時の校庭から見た外観。グロピウスが唱えてから9年後に日本でこの様式を採用し完成させたし設計担当の当時の東京市・営繕課やるなー。といった感じです。出典:四谷小学校webこの建物の特徴として挙がられるのが青く塗られた構造柱。コルビュジエの掲げたモダニズム建築の法則のひとつである「ドミノ・システム(床と柱でつくる構造)」を連想させますね。1961年に坂倉自身によって増築され、1994年に、日本の建築家ユニット「みかんぐみ」によってリノベーションされています。出典:foursquare.comより木造時代の紀伊國屋書店。これは2階にギャラリーを併設し、「戦後書店建築の白眉」と評価されました。そのときの案内板などのグラフィックは、後に東京オリンピックの公式ポスターを制作したグラフィックデザイン界の巨匠・亀倉雄策だったのです!東京オリンピックが開かれた1964年に、地上9階、地下2階、延べ床面積3,560坪の現在の姿の伊國屋本社ビルは完成しました。現在は、にぎやかすぎる新宿道りでぞの存在が目立たない感もありますが、竣工当時のモダンさは相当、抜き出ていたことは想像できます。特に今でも下からバルコニーを見上げると、その曲線に晩年のコルビュジュエの造形を彷彿とさせるものがあります団地萌え的な要素としては漫画『AKIRA』に登場するような高層がすきな人も多いかも知れませんが、わたしは写真のように5階建ての低層集合住宅の方がノスタルジーを感じて好みです。このモダンな建物の設計は1969年。とても半世紀近く前の建物に見えません。今でもシャープさ新鮮さを放っています。明石先生設計の歌舞伎町にある「新宿区役所」。明石さんは、北海道生まれで地元・函館のアール・デコ風の老舗デパート「棒二森屋」を設計した函館の名士的な存在。明石先生は実は新宿とも縁が深く、区役所のほかに新宿東口の映画館「新宿武蔵野館」なども設計していたのでした。「ビックロ」外観。ファスト・ファッションと電気量販店がコラボしたというコンセプトです。店内に入りエスカレーターでなく階段を使うと、ちゃんと旧・三越の大理石の腰壁に真鍮の手すりが少し残っていたので、ちょっと安心したのでした。よく見るとアンモナイトなどの化石があります。三越時代は「化石を見つけよう」といったイベントもありました。セックス・ピストルズを解散したジョン・ライドンが「PiL」というバンドをつくって来日したときジャケットに使った写真。新宿駅東口駅前のネオン電飾で彩られた「さくらや」の前で1983年に撮ったものですが、ブレードランナーっぽいアジア的な未来感とでもいうのでしょうか?NSビルの登場は1982年。周囲の超高層ビルが日本初の超高層「霞が関ビル」を踏襲した「インターナショナル・スタイル」的に作られていたのに対して、このビルはをアイデアが斬新でした!でも、このビルに入って、この高~い吹き抜けを見上げるたびに、なぜか清清しい気分になるお気に入りのスペースです。新宿の西側に行くときは高層ビル群の入り口にある、この「空間をランドーマーク化した」傑作にも注目してください。大久保方面、歌舞伎町に面したコリアンタウンと化した職安通りにある通称「軍艦マンション」。設計は元軍人だった渡邉洋治。竣工:1970年。チャールズ・ジェンクスが機能主義に意を唱えてポストモダン建築について1978年に発行した『ポストモダニズムの建築言語』。この表紙は歌舞伎町のラブホ街にある竹山実設計のの「新宿二番館」が表紙を飾っています。今もありますが、数年前にグレーに塗り替えられたのが残念! この派手なアートワークは1970年代を代表するグラフィック・デザイナーの粟津潔氏です!現在、このお屋敷はレストランとなっていて、食事はもちろんウェッディング、パーティーなどにも使われています。ケーキとお茶だけでもオッケーなので確認してぜひ訪れてみてください。伯爵気分になれる豪奢なインテリアも見もの! 最寄り駅は大江戸線・若松河田駅ですが、新宿の繁華街からも徒歩20分程度です。写真上:建物正面から、写真下:建物裏側の装飾。この建物の特徴として挙がられるのが構造柱。コルビュジエの掲げたモダニズム建築の法則のひとつである「ドミノ・システム(床と柱でつくる構造)」を連想させますね。1961年に坂倉自身によって増築され、1994年に、日本の建築家ユニット「みかんぐみ」によってリノベーションされています。2013年、内装を全面リニューアルしてインテリアはシックな内装になり、靴売り場には「シャンパン・スタンド」も。「売り場の中にスタンドができるっていうのは、私が知る限り60年代以来。伊勢丹のリニューアルでいちばん成功した点だと思うんですね。昔はホットドッグスタンドとかがあったの」(ジャズミュージシャン・文筆家でデパート評論家(?)菊地成孔さんのラジオでの発言より抜粋)。現在の二番館。建築躯体はそのままですがカラフルなグラフィック処理の壁面からグレーのストライプに変更されていて残念……。現在の新宿東口。左の「スタジオアルタ(現在の正式名称は「新宿ダイビル」)」は、おなじみの「アルタビジョン」と呼ばれる映像が流れる壁面は未来的で待ち合わせでも良く使われています(竣工:1980年)。右にある「ビックカメラ」は、もと「さくらや」でした。排気ガスを出す換気塔や、らせん状に地下から自動車が上がってくるシステムは今でも斬新。地下広場部分は、1960年代末期、反戦フォークゲリラの拠点でもありました。歌舞伎町にある、その名も「王城ビル」。かつては名曲喫茶でしたが現在はカラオケ店となっています。場所は新宿駅東口を背にして靖国通りを渡り歌舞伎町中央通リから2つ目の通りを右に入ると見えてきます。1970年代はジャズ喫茶がたくさんあって、作家・中上健次さんなど文化人が多く集まっていたエリアだそう。1973年竣工のラブホ「目黒エンペラー」などにも通じるデザインです。チャールズ・ジェンクスが機能主義に意を唱えてポストモダン建築について1978年に発行した『ポストモダニズムの建築言語』。この表紙は歌舞伎町のラブホ街にある竹山実設計の新宿二番館」が表紙を飾っています。今もありますが、数年前にグレーに塗り替えられたのが残念! この派手な外壁のアートワークは1970年代を代表するグラフィック・デザイナーの粟津潔氏です。新宿駅エリアではないですが新宿区の高田馬場駅前の「BIGBOX」。設計は黒川紀章さんです。今は壁が青く塗られていますが、数年前まで赤いバックに人が走っているシルエットの絵でした。量感を感じさせるモダンな躯体とイラストレーションの融合が面白い雰囲気でした。竣工:1974年「しんじゅくにしぐち、えきのまえ~」の西口のヨドバシはネオン電飾が健在。昭和感が楽しめます。この写真の記事を読む※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。