ドラえもんでありたい

私は「湯の町」別府市で子ども将棋教室「将星会」を開いている。いわゆる町の将棋先生なのだ。日々、子ども達は目を輝かせ、81マスの盤面に向かっている。その真剣な目に応えるために、私は常々こう願っている。

「先生と言ってくれる子のために、ドラえもんでありたい」

「先生!私、B君に勝ってみたい」

将棋の対局には「運」の入り込む余地がない。以前の記事(将棋革命の種の可能性?「どうぶつしょうぎ」に迫る)でも述べたが、「二人零和有限確定完全情報ゲーム」であるがゆえに、ほとんどの場合、勝利を手にするのは上級者だ。たとえば、ルールを覚えたての初心者が有段者に勝つなどということはラクダどころかクジラが針の穴を通るより困難だ。たしかに、その厳しさも大きな魅力ではある。だが、たまには上級者をぎゃふんと言わせてみたいもの。それが人情ではないか。

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将星会教室の子ども達


教室生のAちゃん(小学生初心者)がこう言った。

「先生!私、B君に勝ってみたい」

B君はすでに5級。小学生大会でも入賞の常連である。まともに戦って勝てるはずがない。でも……。

ガイド:あれ?けっこう勝ってるじゃないか。今日だって勝ったよね?

Aちゃん:だって先生、それは手合割り(ハンディ戦)だもん。平手(ハンディなし)で勝ってみたいよ。

気持ちは痛いほどよくわかる。だが、現在は無理なのである。もちろん、将来は良きライバルとなるかもしれないし、そうなってほしい。だが、今は夢の夢である。だからこその手合割り対局なのだ。

ガイド:う~ん。そのやる気はすごいよ。でも、正直に言って今はまだ難しいよ。その意欲を持ち続けて、いつかは勝てるようにがんばろうよ。

Aちゃん:じゃあ、先生。今の私でも勝てるような将棋、考えてください。お願いっ!

この会話に耳をそばだてていた子ども達が叫んだ。

「さんせ~い」

驚くなかれ、その声の中には、なんとB君もいたのだ。わがままと言えば、そうかもしれない。しかし、のび太君だっていつもそうじゃないか。いやいや、わがままどころか、強豪のB君ものび太君の一員として新しい将棋を求めている。そうだ、私は、ドラえもんにならねばならない。AちゃんがB君に勝てるような、そんなオリジナル将棋を考案しよう。

2つの条件

オリジナル将棋の考案にあたっては、2つのクリアせねばならぬ条件がある。

  1. あくまでも本来の将棋をベースにしていること。
  2. 平手(ハンディなし)戦であること。

オリジナル将棋が本来の将棋からかけ離れたルールになってしまっては意味がない。Aちゃんは、あくまでも「将棋」で、しかもハンディなしで勝ちたいのだから。つまり、通常の棋力をベースにしながらも、「運」が入り込む余地のある将棋が求められているのである。

ゆえに私は「二人・零和・有限・確定・完全情報・ゲーム」の「完全情報」の部分を改訂することが必要だと考えた。簡単に言えば、お互いの勢力情報について隠し事をしようと言うこと。そうすれば、棋力通りではない結果が出る可能性がある。

どんな情報を隠すのがよいか

では、どんな情報を隠すのがよいか。これは、簡単である。Aちゃんは、いつも「王将」を詰まれて負けるのだから、自分の「王将」がどれだか相手にわからなければいい。そこで、私は考えた。現在の「王将」をにせものの「王将」とし、代わりに最下段の駒、つまり「香車」「桂馬」「銀将」「金将」の中から本物の「王将」を選べばよい。

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駒の裏にシールを貼る


もちろん相手には、どの駒が本物の王将であるかは秘密だ。その本物が詰まれたときに勝負が決まるようにすればよい。本物の王将の裏には、その証しとしてシールを貼る。シールは文具店や\100ショップなどで売られている物でOK.。これで決まりだ。私はわくわくした。しかし、ふと不安がよぎった。

よぎる不安、しかし……

「待てよ……。こんな将棋、子どもの頃にやったことがあるぞ」

40年以上の時をさかのぼれば、たしかに「真犯人将棋」と名付けて盤に向かっていた己の姿が浮かぶ。だがなぜか、うっすらとした記憶しかないのだ。ヒートアップした熱い記憶がない。ということは、この将棋は廃れていったと言うことではないだろうか。まあ、考えていてもしょうがない。試さずにはガッテンといけないのだから、ゴーフォーブロック、あたって砕けろだ。とにもかくにも、この真犯人将棋をひっさげて、次回の教室に臨み、こう話した。

ガイド:誰か、この真犯人将棋を試してみたい人!

子供達:は~い!

たくさんの小さな手が挙がった。私はシールを配り、入門期の子と中級者の子の対局に注目した。はてさて、結果は……。

棋力をひっくり返せなかった真犯人将棋

なぜ、40年前の真犯人将棋が盛り上がらなかったのか。その当時はよくわからなかったが、今はよくわかった。何度か対戦すると、棋力通りの結果しか出なくなってしまうのだ。それどころか、もっと残酷な結果が待っている場合もある。相手の王将がどれだかわからないために、全部の駒がターゲットとなり、ひどい場合は「全駒(全部の駒を取ってしまう)」将棋に近くなってしまうのだ。

これでは、もう2度とやりたくなくなってしまう。ドラえもんになるどころか「トラレぞん(取られ損)」の将棋を紹介してしまったのだ。暗雲が立ちこめた。しかし、ここで終わっては藤子・F・不二雄先生に申し訳ない。私は嵐の中を立ち上がった。

新しい将棋にドラマ性を

本来、将棋はドラマである。相手の王将を狙い、個性豊かな駒達の能力を最大限に生かし、時にパワーアップしていく。一方、王将を守るために陣を組み、どこから襲ってくるかわからぬ敵に備える。そこに面白さがある。真犯人将棋に足りなかったものは、そのドラマ性なのだ。

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真犯人は誰だ!?


真犯人将棋をドラマに見立ててみよう。どこに隠れているかわからぬ真犯人を追い詰めていく名探偵。真犯人の動きを読み、その正体を推理せねばならない。本当の逮捕までには、誤認逮捕もあるだろう。そんな苦労の末に真犯人を捕らえるのがあなたの使命だ。あっ、そうだ!わかったぞ。誤認逮捕なのだ!誤認逮捕ならば釈放せねばならないじゃないか。この概念が「トラレぞん」を消してくれるぞ!

私の中で4次元ポケットの口が開いた。考えれば、「真犯人将棋」というネーミングも心地よくない。やはり主人公は名探偵だ。気分一新、名前も変えよう。こうして完成したのが「真犯人将棋」改め「名探偵将棋」である。ならば、相手は怪盗ルパン。完成したルールを以下に紹介しよう。

完成した「名探偵将棋」のルール

  1. 通常将棋のように並べる。
  2. 相手にわからぬように「王」以外の最下段の駒(「香」「桂」「銀」「金」)の中から一枚を選び、「怪盗ルパン」として裏にシールを貼る。この駒が取られたら負けとなる。
  3. 通常将棋と同じルールで駒を動かしていく。ただし、「怪盗ルパン」以外の「香」「桂」「銀」「金」「王」を取った場合は誤認逮捕として、相手に返却せねばならない。その駒は相手の持ち駒となる。「飛」「角」「歩」は通常将棋と同じで、取った者の持ち駒となる。 ここが名探偵の腕の見せ所だ。
  4. 「怪盗ルパン」は通常将棋の駒と同じ動きをするが、自分の手番であればいつでも正体を明かして(つまり裏返しにしてシールを公開する)、通常将棋の「王」と同じ動きができる。ただし、正体を明かした後は元の駒の動きには戻れない。このタイミングが勝負の分かれ目となる。

熱狂する子ども達

「名探偵将棋」に子ども達は熱狂した。相手の駒を取り、裏を確認する。シールがなかったときの落胆。逆に返却された喜び。いつ正体を明かすべきか頭をひねる。そして通常将棋顔負けのいろんなテクニックが生まれていく。小さなシャーロックホームズ、時にルパンとして盤に向かう子ども達の目はキラキラと輝いた。

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ある時は怪盗ルパン


さて、きっかけとなったAちゃんとB君の対局について報告しよう。結果は5番勝負にてAちゃんの2勝3敗。狙っていたとおりの対戦結果だ。こうしてドラえもんは引き出しの中へ帰って行った。どうかみなさん、このハラハラ・ドキドキの「名探偵将棋」、お試しくだされ。

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