『ちぬの誓い』観劇レポート
現代の「名もなき人々」を鼓舞する
平安の若者たちの、儚くも熱き青春
『ちぬの誓い』撮影:吉原朱美
しかし実際の舞台は、骨太のテーマはそのままに、躍動感溢れるミュージカルへと立体化。まずは「和」テイストの音楽、衣裳と不思議にマッチした謝珠栄さん振付のダンスを繰り広げつつ、オール男子の出演者たちがかわるがわる、「日本最初の国土、絵島」の成り立ちを歌い上げます。日本書紀にさかのぼるこのエピソードが舞台にダイナミズムを与えると、舞台上手に本作の主人公、不動丸と仲間たちの姿が。彼らが20年前、大輪田泊(現在の神戸港)の普請に尽力した日々を、台詞と歌、そしてその中間とも言える『レ・ミゼラブル』的なメロディ付き台詞の3種の言語表現を使い分けつつ、舞台は描いて行きます。
「ちぬの海」と呼ばれた現在の大阪湾は波が荒く、作業の過程では何人もの仲間が命を落とします。「自然」という圧倒的な敵との戦いと並行して、彼らは平清盛に仕える陰陽師からの非情な命を負い、「権力」にも押さえつけられていますが、それでも若者たちは敢然と海に立ち向かう。参加のきっかけこそそれぞれですが、艱難辛苦を経て、彼らの原動力は「“港”の夢にわれをなげうつ」と同時に「“皆と”の夢にわれをなげうつ」という、強固な「絆」へと束ねられてゆきます。大勢が一列に並び、揃って歌いながら船を漕ぐシーンなどは、この「絆」の象徴として圧巻の一言です。
『ちぬの誓い』撮影:吉原朱美
人間の一人一人は非力だが、利己主義を脱し思いを一つにするとき、思いがけない力が生まれ、「不可能」は「可能」となる……。謝珠栄さんがキャストたちから最大限の情熱と力を引き出したことで、『ちぬの誓い』はこのテーマを力強く、現代の観客に伝達。同時に、人々の心に眠る「夢見る力」を鼓舞する舞台となっています。