「どうぶつしょうぎ」は将棋革命の種である
「どうぶつしょうぎ」。ご存じの方も多いだろう。「女流棋士」北尾まどか氏がルールを考案し、同じく藤田麻衣子氏がデザインを担当した子ども向け(対象年齢3才から)のボードゲームである。「なんだ、子どもの遊びか」そんな声も聞こえてきそうだ。しかし、私は「どうぶつしょうぎ」は将棋史に革命の種をまいたものだと思っている。
革命に不可欠な2つの要素
革命に必要なもの。それは2つある。1つは支持大衆の形成だ。いくら立派な主張をしようとも聴衆がいなければ、独り言に過ぎない。もう1つは既成概念を打ち破る発想だ。どんなに聞き手が多くても、革新性のない主張に革命はできない。では、この2面から「どうぶつしょうぎ」を見ていこう。大衆の形成:女性も魅了されるデザイン
この「どうぶつしょうぎ」、とにかく可愛い。パッケージボックスのロゴはほのぼの感に満ち、まるで絵本のようだ。動物たちの駒デザインはあたたかく柔らか、こちらはクッキーや積み木を思い出させてくれる。子ども達だけでなく、お母さん方の心も引きつけるであろうことは想像に難くない。「おもちゃフォーラム」で行った試験販売では、またたく間に売り切れてしまったそうであるが、なるほどと頷ける。
これまで、将棋界の圧倒的多数は、私を含めたおじさんだった。男性に偏った状態では大衆とは呼べない。それが当たり前だった現状にレッドカードを突きつけたのが「どうぶつしょうぎ」である。女性や子ども達を「将棋の世界」へ招き、本格的な将棋大衆を生み出しているのだ。
大衆の拡大:心憎いまでの気配り
私は「温泉の町」別府市で子ども将棋教室「将星会」を開いている。入門してきた子に将棋を始めたきっかけを尋ねると「どうぶつしょうぎ」と答える子が2割くらいいる。また、その名を知っている子は9割以上だ。自宅に持っている子もいるし、教室に置いてある小学校さえもあるそうだ。「どうぶつしょうぎ」が将棋普及にいかに大きな貢献をしているか、おわかりいただけるだろう。北尾氏、藤田氏ともにそれが主な目的であったろうし、その意味で大成功と言えるだろう。現在も、関連グッズ、アプリそしてバージョンアップと幅を広げている。大衆の拡大がマーケティングの分野でも起きてきたのだ。
もちろん私の将棋教室にも置いてあるが、そのサイズまでが心憎い。教室の画像をご覧いただこう。棋書を並べた本棚にぴったり収まるの大きさなのだ。この気配りも大ヒットの要因に違いない。かように「どうぶつしょうぎ」は大衆形成という革命の種の一つをまいたのだ。では、もう一つの種、つまり既成概念の打破について見ていこう。
既成概念を打破する発想:「どうぶつしょうぎ」と将棋のルール比較
将棋普及のために開発されたのであるから、当然、本来の将棋に似たルールとなる(両者の比較をするためなので、この記事では細かいルールまで述べていないことをご理解いただきたい)。「どうぶつしょうぎ」の盤面は3×4マス、駒は4種類だ。「歩兵」に見立てた「ひよこ」。「角行」の役割は「ぞう」。「飛車」は「きりん」、「王将」は「ライオン」である。もちろん、それぞれ動き方が違う。また「ひよこ」は相手陣地の最下段(エリアと名付けられている)に入れば「にわとり」に変身し、動きがパワーアップする。そう、成り駒ルールだ。また、相手の駒を取って自分の持ち駒にするシステムも備えている。
そして最終的に、相手の王将にあたる「ライオン」を取れば勝ち。パッケージに「LET'S CATCH THE LION!」と書かれているように、ゲームセットとなる。ちなみに王を取ることを「キャッチ」と呼んでいる。個性的な動きをする駒、成り駒、持ち駒、王将を取れば勝ち……。子どもにもなじみやすいように、将棋ルールをコンパクトにしているのである。
しかし、これだけなら、よく工夫された子ども将棋と感心はするが革命とまでは言わない。実は、これから紹介するもう一つのルール、もちろん、それは将棋にはないものであり、それこそが革命であると思っているのだ。では、そのルールとは……。
既成概念を打破する発想:革命的な決着ルール「トライ」
相手の「ライオン」をキャッチすれば勝ち。これは将棋と同じ決着ルールである。しかし「どうぶつしょうぎ」にはもう一つの決着方法が用意されていたのだ。それが「トライ」である。「ライオン」が相手のエリアまで進めば「トライ」、勝者となるのだ。まさしく、ラグビーの「トライ」のイメージである。これは本来の将棋にはないシステムだ。上の画像がその一例である。
将棋は「王将」を詰むという、たった一つの目的のために進む競技である。しかし、その入門版とも言える「どうぶつしょうぎ」には「キャッチ」と「トライ」という二つの決着方法があるのだ。小さなことではない。これこそ革命なのである。
たとえば、バスケットボールとミニバスケットボールは、ポイントやゴールの高さなどの違いはあれども、決着ルールは同じである。ミニバスケットはシュート成功だけではなく、ボールを持って相手陣地のエンドラインを越せば得点、とするとはなっていない。サッカーとフットサル、野球とソフトボール、硬式テニスと軟式テニス、皆、細かなルールの違いこそあれ、決着システムは同じなのだ。
だから、「どうぶつしょうぎ」が将棋とは違う「2種類の決着」を用意したという点は革命なのだ。将棋は「王将」を詰むことだけがテーマであるという既成の概念から解放されたのである。
将棋は革命の歴史をたどってきた
インドのチャトランガに起源を持つと言われる将棋(参考「自由研究の題材に、日本の伝統文化「将棋」)。振り返れば、そのルールは数々の変遷を経てきた。現在の私たちは出来上がった現代将棋に浸かっているためピンとこないが、たとえば平安時代には「飛車」や「角行」という駒は存在していない。逆に「銅将」「鉄将」「酔象」など現代の将棋にはない駒が使われていた時代がある。盤のマス目もいろんなバージョンがある。持ち駒使用という、チェスや中国将棋には見られない独特のルールも、最初から採用されていたわけではない。気が遠くなるような年月と試行錯誤の末、今の将棋が創作されてきのだ。ある種の駒が消えていく、ある種の駒が新たに考案される、マス目の数が変わる、取った駒を使えるようになる、それぞれの過程で革命が起き、その時代の支持を得ていったからこそ今の将棋へと進化してきたのだ。
これからの将棋にルール革命はあるか
未来の将棋に革命はあるだろうか。私はあると見ている。たしかに、現代将棋は洗練されている。プロ棋戦では、ファンの心を引きつける手に汗握る戦いが81マスの盤上に繰り広げられている。アマチュア棋戦でも強豪による新手が生まれ、対抗策の研究が進む。ネット中継では非常に多くの観戦があり、なくてはならぬコンテンツにまで成長している。パソコンソフトとプロ棋士との対局に、時の総理大臣が振り駒者として参加するという盛況ぶり。どれもこれも現代将棋がスリリングでエキサイティングな完成されたルールを持っているということの裏付けであろう。私だって「現代将棋に満足していないのか」と問われれば当然「大満足、こんなにおもしろい物はない」と答える。ただ、これは、あくまでも現時点でのことなのだ。たとえば、こんなシミュレーションが考えられる。
究極の解析が将棋を変える
将棋1局の指し手の「場合の数」は10の220乗だと言われる。宇宙の分子の数に相当するのではないかというレベルの数字だ。だが、将棋は「二人零和有限確定完全情報ゲーム」に分類される競技である。なんだか難しい名前だが、要するに2人で行い、勝敗または引き分けでのみで決着し、千日手規定のように無限に続く勝負を避けるルールを持ち、偶然の入り込む余地がなく(トランプのポーカーだと次に引くカードがわからない)、お互いに勢力の情報を隠さない(トランプなら自分のカードを相手に見せずに隠す)競技のことである。この種の競技は、必ず最終結論があると数学的に証明されているそうだ。つまり、先手後手が最善手を指し続けた場合の勝敗がスタート前からすでに決まっているのだ。前述のように将棋が天文学的な場合の数を有するため、その解明はできていない。
だが、ヒトゲノムが解読されたように、未来の科学力ならば、その結論を導き出す可能性がある。将棋ソフトの開発が日進月歩の状況から考えれば、案外、エックスデーは近いのかもしれない。その時は現代将棋もルールの変更を余儀なくされるのではないか。革命が起きる可能性はあるのだ。
かくして将棋は進化する
その時、革命の主役となるのは「どうぶつしょうぎ」を体験した人たちなのである。つまり「キャッチ」と「トライ」を知る世代なのだ。もちろん彼らが未来の将棋に「トライ」システムを導入すると言っているわけではない。だが、決着ルールさえ変更された将棋を知る彼らは、既成の概念にとらわれず、新しい感覚で未来の将棋を想像する力を持っているはずだ。かくして将棋は大きく進化する。彼らは「どうぶつしょうぎ」という革命の種から進化の花を開かせることだろう。おわりに
「どうぶつしょうぎ」という傑作を世に出した北尾氏と藤田氏には「そんなつもりはない」とお叱りを受けるかもしれない。だが、最高傑作だと感じた感動を原動力とし、この記事を書かせていただいたことをご理解いただき、ご容赦願いたい。私の目の前には、将棋を愛する子ども達がいる。盤に向かう時は、喜怒哀楽を小さな心の内に秘め、駒音だけを立てる子ども達である。練習の合間、彼らは私にこうせがむ。「先生、どうぶつしょうぎ指そうよ」
入門者だけではない。有段者の子も「どうぶつしょうぎ」が大好きなのである。そして私も……。
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