東京にも地酒がある。
現在、東京都酒造組合には10の蔵元が登録している。なかでもその歴史や所在、さまざまなストーリーが際立つのが「金婚正宗」を代表銘柄とする(株)豊島屋本店豊島屋酒造(株)だ。さっそく、日本酒ファン約30名とともに、久しぶりに東京都東村山市のお蔵をお尋ねした。だって2020年の東京オリンピックの時には東京の酒で乾杯しなくっちゃいけないからね。楽しい予習の開始だ。

樽のリサイクル、鏡割り、蕎麦に酒、すべては豊島屋が発祥!

江戸図絵

江戸名所図絵の豊島屋の様子

お蔵紹介の前に、豊島屋の歴史を知っていただきたい。始まりは、関ケ原合戦(1600年)以前にさかのぼる。初代豊島屋十右衛門は、神田・鎌倉河岸(現在の神田橋付近)に「豊島屋」の屋号で酒屋兼居酒屋を始めた。これが豊島屋本店創業にあたる慶長元年(1596年)。

ときは太閤秀吉から徳川家康へと政権がうつり江戸城大改修という時期。お城の普請で全国から集まった武士、商人、職人たちで江戸は大賑わいだ。目の前の河岸へ荷揚げされる、上方(関西)からの良質な“下り酒”(関東へ船で下ってくる酒)と、つまみとして提供した大ぶりの田楽は手ごろでおいしいと江戸っ子の人気を一気に集めたという。

こも

こも樽。これは300mlサイズ。ネットでも購入可能

当時酒が入れられているのは樽。酒を売ったあと山積みになる空樽に目をつけた十右衛門さん。樽は醤油や味噌造りなど使い道がたくさんある。空樽を販売し再利用する案を思いついた。つまりこれリサイクル。空樽の販売で儲けが出るゆえ、酒や田楽は格安で饗することができたとか。お客さんをも巻き込んだ再循環ビジネスはお見事。

結婚式やお祝い事で行われる「鏡開き」も始まりは豊島屋さんだ。樽のプロだから思いついたアイディアだろう。現在でも「金婚」の名前が入ったこも樽はイベントによく使われる。

また、当時江戸っ子に人気だった蕎麦に酒を合わせることを勧めたのも豊島屋さんだという。今では蕎麦に酒はつきものだけど、始まりはこの時。以来、豊島屋のお得意さんには蕎麦屋さんが多いのだ。これが豊島屋発祥の3つの酒にまつわるお話。十右衛門さん、なかなかの商売人ですな。


4つ目のお話は「お雛様と白酒」

白酒

白酒、桃の節句にピッタリのスタイリングもうれしい

ある夜、十右衛門さんの夢枕にお雛様が立ち「白酒」の造り方を伝授してくれた。その通りに造ってみるといかにもおいしい白酒ができたとさ。これをお雛様に感謝をこめて桃の節句に売り出したところ、江戸やその先々までにも評判が広がり、「山なれば富士、白酒なれば豊島屋」と詠われるまでになった。

その証拠に、天保七年(1836)に描かれた「江戸名所図会」、廣重の「絵本江戸土産」、「狂歌江都名所図会」などに、白酒を買い求める人々の姿が鮮明に描かれている。今でもお雛様に白酒ということに何の疑いも持っていないけれど、始まりはここにあったのだ。アイディアマンの十右衛門さんにどうもやられちゃってるねぇ。それも400年以上の間。

また現代でも「鬼平犯科帳」「銭形平次」「鎌倉河岸捕物控」など人気時代小説にもさまざまに取り上げられており、豊島屋の歴史は江戸文化の一つに加えられているといっても過言ではないようだ。

極めつけにもう一つ。「金婚正宗」は、明治神宮、神田明神、日枝神社の御神酒として使用されている。

どうだろう、こんなに長い歴史と面白く深いストーリーを持った酒蔵が東京にあることに驚く。こんなお宝、東京の人が東京のPRに使わないなんておかしくない?