ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

StarTalkVol.4 世界が舞台の「冒険家」マテ・カマラス(2ページ目)

ウィーン版『エリザベート』初来日公演で「肉食系」トートを演じ、衝撃を与えたマテさん。それから日本語を猛勉強し、次々と日本の舞台に出演。今また『CHESS in Concert』で、日本語の歌や台詞に取り組んでいます。欧州でスターの地位を確立しながら、なぜ日本で挑戦を続けるのか。作品への思いを聞く中で、特異な歴史を体験した彼ならではの、深い人生観が浮かび上がります。*観劇レポートを追記更新しました!*

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

『CHESS in Concert』観劇レポート
「冷戦」「愛」「孤独」を入魂の歌唱で描き出す舞台

『CHESS in Concert』安蘭けい、石井一孝undefined撮影:狐塚勇介

『CHESS in Concert』安蘭けい、石井一孝 撮影:狐塚勇介

4月に本作の作者ティム・ライスに会った際、彼は日本公演への大きな期待を語っていました。「日本は冷戦には直接関わっていなかったが、地理的にはロシアに近く、文化的には自由なアメリカ側にあった。それゆえ、日本のカンパニーなら面白い『チェス』が作れるはずだ」。この発言の背景には、それまで各国で上演されてきた『チェス』が必ずしも“冷戦”というバックグラウンドをきちんと描かず、単なる歌謡ショーのようになりがちだったことに対する不満があったようです。

「曲がいいので、(時代背景の説明を省いて)歌を並べるだけでも、素敵な一夜にはなるでしょう。でも、それでは観客は作品の半分しか知ったことにはならない。今の観客には(冷戦時代の)80年代の鮮明な記憶はないから、と言う人がいるけれど、(やはりティムの作品である)『ジーザス・クライスト=スーパースター』の時代を知る人なんて、今や誰も生きていない。(けれどどこの国のプロダクションでもきちんと時代は描かれている)。“時代劇”として冷戦をちゃんと描くべきだと思うんだ」

そう日本版のカンパニーにも伝えてね、と強調していたティムですが、今回の日本版『CHESS in Concert』には、きっと親指を立てて笑顔を見せるのではないでしょうか。昨年の初演に続く今回の舞台は、フル・オーケストラの前面を主に三つのスペースに分け、チェスの試合が行われる空間、ホテルの部屋、レストランなどに見立て、コンサートというよりフル・ステージ版に近い演技が展開します(演出・荻田浩一さん)。

大まかな構成としては前回公演を踏襲しつつも、今回はアメリカのスパイであるウォルターというキャラクターを投入。これはティムが“決定版”と評価している08年のロンドン・コンサート版と同じで、彼が主人公たちを操り、最後にどんでん返し的な台詞を放つことによって、「国家に翻弄される個人」という主題がより明確なものとなりました。ウォルターを演じる戸井勝海さんの端正な容姿と声が、この非情な役にぴったり。ソビエトの役人たちを演じる男性アンサンブルも低音でアナトリーにささやきかけ、不気味さを醸し出しています。
『Chess in Concert』マテ・カマラスundefined撮影:狐塚勇介

『Chess in Concert』マテ・カマラス 撮影:狐塚勇介

また、今回はチェスの審判、アービター役にハンガリー出身のマテ・カマラスさんを起用。ヨーロッパ人の彼が審判を演じ、異なる立ち位置を印象付けることで、決して登場人物全員が同じ「冷戦」の枠組みの中にいたわけではないという前提を見せ、物語世界をより立体化させています。(衣裳・ヘアメイクが彼の当たり役、『エリザベート』のトートを髣髴とさせるのは、ちょっとしたファン・サービスでしょうか。) 彼が、自身が経験したハンガリーの冷戦時代についてカンパニーの皆さんに話したであろうことも、今回のプロダクションの深化には大いに貢献したと想像されます。アービター役としての彼は、ロック調のナンバーで低音をぶつけるように歌って迫力を増し、ヨーロッパでのロック歌手としての面目も躍如。かなりの歌詞、台詞量も見事にこなしていました。インタビューでは「次回はぜひ全部日本語で語りたい」と目標をおっしゃっていましたが、そのレベルまで達すれば、ちょっとした言葉の立て方も巧い、魅力的な日本語シンガーとなりそう。今後がますます期待されます。
『Chess in Concert』中川晃教undefined撮影:狐塚勇介

『Chess in Concert』中川晃教 撮影:狐塚勇介

もちろん、主人公であるフローレンス役・安蘭けいさん、アナトリー役・石井一孝さん、フレディ―役・中川晃教さんの歌唱も、エレキギターも含め容赦のない音量のオーケストラに全く埋もれないばかりでなく、それぞれに深みを増しています。幼くして亡命し、逆境をバネに生きてきた芯の強い女性、フローレンス。アシスタントである彼女に、母性的な愛をも求めるフレディ―。チェスに打ち込みながらも、潜在的にアイデンティティへの迷いを感じているアナトリー。国際試合でフローレンスとアナトリーが出会うことで、3人の関係のみならず人生までもが大きく動いてゆく様を、「コンサート」の枠を超え、安蘭さん、石井さん、中川さんが入魂の演技で活写。特に、両親の愛に恵まれなかった少年期を語るフレディ―の「Pity the child」を、思いが自然に音となってゆくかのように、また聴衆の目に情景をありありと浮かばせるように歌った中川さん。ティムや作曲者のウルヴァース&アンダーソンにもぜひ聴かせたい名場面でした。

海外ではフローレンスの物語として演出されることが多い本作ですが、ティム本人は「確かに『チェス』はフローレンスの物語として執筆し始めたものの、書き終わってみて、実はアナトリーの物語だったということに気が付いた」と言います。「アナトリーはすべてを得ようとする。自由、ガールフレンド、家族……。しかし、最後に彼が確信を持てるのはチェスだけなんだ。彼は最後に言う。『みんな、行ってくれ。僕はチェスに集中して勝つんだ』とね」。

『ジーザス・クライスト=スーパースター』でも『エビータ』でも、突出した人物の「孤独」を描いてきたティム。実は本作でも、フローレンスの恋よりアナトリーの孤独が芯となっていたというのも、彼にとっては自然なことだったのかもしれません。しかし今回の日本版『CHESS in Concert』は、安蘭さん、石井さん、中川さんが等しく役を掘り下げて演じることで、観客に誰か一人ではなく3人それぞれの視点から、物語をとらえさせることに成功しています。より重層的で、お楽しみの多いこのプロダクション。早くも再演、そしてCD、DVD化が待たれます。


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