『CHESS in Concert』観劇レポート
「冷戦」「愛」「孤独」を入魂の歌唱で描き出す舞台
『CHESS in Concert』安蘭けい、石井一孝 撮影:狐塚勇介
「曲がいいので、(時代背景の説明を省いて)歌を並べるだけでも、素敵な一夜にはなるでしょう。でも、それでは観客は作品の半分しか知ったことにはならない。今の観客には(冷戦時代の)80年代の鮮明な記憶はないから、と言う人がいるけれど、(やはりティムの作品である)『ジーザス・クライスト=スーパースター』の時代を知る人なんて、今や誰も生きていない。(けれどどこの国のプロダクションでもきちんと時代は描かれている)。“時代劇”として冷戦をちゃんと描くべきだと思うんだ」
そう日本版のカンパニーにも伝えてね、と強調していたティムですが、今回の日本版『CHESS in Concert』には、きっと親指を立てて笑顔を見せるのではないでしょうか。昨年の初演に続く今回の舞台は、フル・オーケストラの前面を主に三つのスペースに分け、チェスの試合が行われる空間、ホテルの部屋、レストランなどに見立て、コンサートというよりフル・ステージ版に近い演技が展開します(演出・荻田浩一さん)。
大まかな構成としては前回公演を踏襲しつつも、今回はアメリカのスパイであるウォルターというキャラクターを投入。これはティムが“決定版”と評価している08年のロンドン・コンサート版と同じで、彼が主人公たちを操り、最後にどんでん返し的な台詞を放つことによって、「国家に翻弄される個人」という主題がより明確なものとなりました。ウォルターを演じる戸井勝海さんの端正な容姿と声が、この非情な役にぴったり。ソビエトの役人たちを演じる男性アンサンブルも低音でアナトリーにささやきかけ、不気味さを醸し出しています。
『Chess in Concert』マテ・カマラス 撮影:狐塚勇介
『Chess in Concert』中川晃教 撮影:狐塚勇介
海外ではフローレンスの物語として演出されることが多い本作ですが、ティム本人は「確かに『チェス』はフローレンスの物語として執筆し始めたものの、書き終わってみて、実はアナトリーの物語だったということに気が付いた」と言います。「アナトリーはすべてを得ようとする。自由、ガールフレンド、家族……。しかし、最後に彼が確信を持てるのはチェスだけなんだ。彼は最後に言う。『みんな、行ってくれ。僕はチェスに集中して勝つんだ』とね」。
『ジーザス・クライスト=スーパースター』でも『エビータ』でも、突出した人物の「孤独」を描いてきたティム。実は本作でも、フローレンスの恋よりアナトリーの孤独が芯となっていたというのも、彼にとっては自然なことだったのかもしれません。しかし今回の日本版『CHESS in Concert』は、安蘭さん、石井さん、中川さんが等しく役を掘り下げて演じることで、観客に誰か一人ではなく3人それぞれの視点から、物語をとらえさせることに成功しています。より重層的で、お楽しみの多いこのプロダクション。早くも再演、そしてCD、DVD化が待たれます。