takumi1987

岩崎工(1987年)

先ずは、「電子音楽の先達、岩崎工~前編」をお読みください。両編を読めば、岩崎工さんの今までの歩みが分かる意図で取材をしました。では、後編を。

 

シンセサイザー講座

ガイド:
ちょうどこの時期に岩崎さんは、新聞で「シンセサイザー講座」の連載をされていたんですよね。一般紙でここまでマニアックな内容、どのようにこの連載は決まったのでしょうか?

岩崎:
元は東京新聞に書いていたものです(他の地方紙にも連載されます)。僕が新聞の連載をやる前に、リットーミュージックの「キーボードマガジン」でライターをやらないかと。そこは、ミュージシャン自身がライターをやるというのが新しい部分で、あっ、そうなんだと。それが結構レギュラー化して来た頃に、新聞でも書いてみない?という事になったんです。編集業界で口コミで広がったのでしょう。僕は一般的なシンセサイザーの説明でなるべくマニアックになりすぎないようにしたつもりなんだけど。

TAKUMIとしてソロデビュー

ガイド:
meatthebeat

MEAT THE BEAT

TAKUMI名義としてのソロ・アルバム『MEAT THE BEAT』(1983年)は、TPOと同じ年にリリースされていますが、TPOとソロは平行で進んでいったのですか?

 
岩崎:
平行で進んでいましたね。発売日もほぼ同じで、でも、『MEAT THE BEAT』の方が時間がかかっていました。

ガイド:
TPOが電子音楽という色彩が強かったのに対し、同じフェアライトCMIを使いながら、ソロはちょっとニューウェイヴ~ニューロマンティック色が強い作品ですね。この時期、やはりこのあたりのものに対する共感がつよかったのでしょうか?

岩崎:
TPOはどういうグループにしたいという傾向があったので、そこにははっきり従おうというのもありました。TPOはフェアライトを全面に出していました。フェアライトは、自分のソロでは一応使っていないことになっていて、クレジットはしていないんです。陰の声としてはいいよというのはあったんですけど。ちょろっと使わしてもらった程度で。自分でやりたい事が出てくると、そちらはソロの方でやっていたんです。