情報強者は自らルールを作り、不利なルールを変える
アメリカも中国も、「それは国益にかなうかどうか」という視点で物事を捉えているので、より自分たちに有利なルールを作ろうとします。不利であれば、そのルールを変えようとロビー活動をします。たとえば、温暖化対策の国際規約となった京都議定書。温室効果ガス排出量について、法的拘束力のある数値目標を国ごとに設定したものです。ただしこれは、基準とする年度が不公平で、もともと省エネ対策が進んでいた日本に不利に、欧州に有利な条件で決まったものです。
本来は条件交渉をするとか、そもそも批准しないという選択もあったはずです。アメリカなどは国益にかなわないと、さっさと降りてしまいました。日本は律儀に守らされています(震災によってその取り組みはかき消されてしまいましたが)。
これを「ずるい」と考えるのか「戦略的」と考えるのか。交渉によって、より自分に有利なルールを作るのは、実はだれでもやっていることであり、正当な権利です。
企業における戦略とは、自分に都合のいい土俵(競争ルール)を作ることです。だからこそ、古くから、たとえばビデオでもVHS陣営とベータ陣営が規格を巡って争いましたし、今だと電子書籍もプラットフォームの主導権を握りたい企業間でバラバラになるわけです。
情弱は「誰か」の作ったルールを守らされる
しかし情弱(情報弱者)は、ルールを守ることに非常に忠実で従順です。彼らは、そのルールが場合によっては正しくないこともあるとか、自分に有利が不利かということは考えません。ルールの本質を考えないし、自らルールを作ろうとも変えようともしない。だから他人が作った他人に有利なルールを守らされてしまうのです。ただひたすらルールを守ることが彼らにとっての正義なので、ルールを守らない人を見つけると我慢できず、いっせいに非難し、叩こうとします。そのため、ネット上にはあちこちで炎上が起こっています。昔なら「やんちゃだなあ」と微笑ましくスルーしていたことでさえ大騒ぎになります。
私たち個人も発想を変え、他人が作ったルールにただ従うだけではなく、ルールや常識の本質を考え、本当に意味があるのかどうかを逐一考えてみることです。
こういうと、すぐに「じゃあ、法を犯してもいいのか」「人を殺してもいいのか」「犯罪者になれというのか」と極端なことを言う人が出てくるのですが、すぐ極論に走ってしまうのも、情弱な人の典型的な反応です。
なぜなら情弱は「グレー」な状態に我慢できません。黒か白かはっきりしないのは不安だからです。どちらとも言えない「グレー」という中間の状態は、自分で考えて想像して補う必要があります。個人の意見や、責任を負う判断を求められることでもあります。それが面倒でイヤなので、はっきりさせたい。だから極論に走る。
善か悪か、正しいか間違いか、そんな二元論に陥りやすいのが情弱の思考パターンです。
「そういうルールだから」という言葉を聞く度に、私はグリム童話の「ハーメルンの笛吹き男」を思い出します。何も考えずに笛吹き男についていった国民は、どうなるのでしょうか。
参考文献:『貧乏人が激怒する ブラック日本の真実』(光文社)