かつての小さなおしん(小林綾子)と同年代の子育て層は
「おしん」をどう観たか

おしん、奉公に出るシーン

貧しい小作農に生まれたおしんは、口減らしのため奉公に出る (c)2013「おしん」製作委員会

1983年放送以来、普及の名作となった「おしん」。平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%、日本の視聴率統計史上、現在も最高視聴率記録を保持し、海を越えても広くファンを獲得した。だが当時小学校4年生、おしんを演じ国民的人気者だった小林綾子と一つ違いだった私は、そんな世代を超えて愛されたNHKの連続テレビ小説が、社会現象となって否応なく目に入ってきても、正直興味がなく、むしろうんざりしていた。

「つらいことも耐えましょう」「我慢忍耐は美徳」「辛抱は感動」……そんなテーマだろうと高をくくっていた。巷のお父さんお母さんたちや、おじいちゃんおばあちゃんたちが喜んで観ていた。学校でも、勉強ができて性格のいい「いい子」たちがいつも朝の連続テレビ小説を観てから学校に来て、その話を聞かせてくれる。

女中頭つね

奉公先の女中頭つねの厳しいしごきに耐えるおしん (c)2013「おしん」製作委員会

どんなに貧しくても寒くても虐められても試練も逆境も耐えて頑張る、世の中で褒めてもらえる「いい子」の話は、当時おしんとそう変わらない年齢ながらひねくれていた都会の子どもの私には、正直、暗くてあまり楽しそうに見えない。放映を最後まで観ることもしなかったので、大根めしを食べて冬の河の水にあかぎれを作る幼年期のおしんのその後を、知らぬままに来た。

そんなひねくれた子どもが親になり、甘ったれなりにそこそこ打たれてやってきた大人の視線で「おしん」を観たら、初めてわかったことばかりだった。「おしん」試写会で、私は誰にも見られないよう涙を拭いながら無知を恥じた。「おしん」は、我慢強くて健気な可愛い女の子の、お涙頂戴の苦労話なんかじゃなく、沢山の女たちの一生と誇りの話だったのだ。