「老後までに1億円」を疑ってみる
「老後に必要なのは1億円」「老後までに1億円貯めよう」というフレーズを聞いたことはないでしょうか。雑誌などでもよく特集が組まれています。1億円貯めるには、運用利回りを無視した単純計算をすると、毎月21万円の貯蓄を40年間続けるということであり、これはなかなか大変です。それにしても、本当に1億円も貯める必要があるのでしょうか。この命題には、次の前提条件があります。この2つの前提が成り立って初めて「老後までに1億円必要だ」という主張が成り立ちます。
- 65歳で定年退職し、90歳でこの世を去るまでまったく働かない
- 年間の支出は400万円、つまり、毎月33万円の生活コストがかかる
有名経済誌に載っているからといって、私たちはこれを鵜呑みにして金融商品のセールストークに乗ったり、若いうちから貯蓄ばかりに励んだりするというのは思考停止です。そこで、これらを検証してみましょう。
老後まったく働かない生き方は現実的なのか?
まずは前提条件の1についてです。2065年の平均寿命は、男性が84.95歳、女性が91.35歳と予測(平成27年版高齢社会白書より)されていますから、寿命を90年で考えるのは妥当なラインといえます。これより早く寿命をまっとうすれば、仮にお金が残ったとしても、生活が困窮することもなく、よかったねということになります。ただし、今や65歳を過ぎてもほとんどの人はまだ元気な時代ですから、それから一生働かないというのは現実的でしょうか。これは私の個人的な考えですが、人から必要とされない、社会でお金を稼がない、経済活動から隔絶された隠居生活は、非常に物足りないと感じます。
それだけでなく、貯蓄が減る一方の生活は恐怖との戦いです。毎月毎月銀行残高が減っていくのを見ると、お金を使うのが恐ろしくなります。仮に1億円あったとしても、ケチケチ余生まっしぐらです。実際、そんな高齢者はたくさんいます。貯蓄額を多くするよりも、絶え間ない収入の流れを作るほうが、精神的にも余裕が生まれます。
ちなみに、有名な徳島県の「葉っぱビジネス」を手がけるおばあちゃんたちの中には、90歳で年収1000万円という人がいるそうですし、仕事で病院に行くヒマもないとのことで、医療費も全国平均よりも低いという現実があります。このように、65歳を超えても働き、貯蓄を取り崩すだけの期間を短くすることで、1億の貯金なんて必要なくなりそうです。
毎月33万円の生活費がかかるか?
次に、前提条件の2について。夫婦で毎月33万円のコストが妥当なのかどうかです。持ち家であれば、おそらくその頃までにローンの返済も終わっており、かかるのは固定資産税と若干の修繕費くらいですから、かなり余裕はありそうです(マンションの場合は管理費・修繕積立金が別途かかりますが)。もちろん、旅行したり、外食したりなど、ある程度豊かな生活をしようと思えば、お金は際限なくかかりますが、普通の生活をする分には問題ないでしょう。
ただし、都市部で賃貸暮らしならば、家賃負担が大きいですから、これでもカツカツかもしれません。しかし、私たちが老後を迎える頃には、パソコン1台で仕事ができるなど、多様な働き方ができる時代になると思われます。あえて都市部で生活する必然性は高くなくなり、空き家が多い地方ならば、激安の家賃で暮らすことが可能です。
もっとも、1億円では足りない可能性もゼロではありません。というのも、もし今後急激なインフレが起こると、物価が上昇して現預金は実質的に目減りするからです。
生涯現役で今も老後も楽しむ
私個人としては、「何歳までにいくら貯めよう」という発想自体がナンセンスではないかと思っています。老後、老後というけれども、人生は65歳から始まるわけではありません。そもそも、老後というのは定年退職後ということであり、その年齢は、単に政府や企業が勝手に決めたルールに過ぎません。なぜ他人がつくった枠組みに、律儀に自分の人生を合わせる必要があるのか。むしろ逆で、自分の人生に合わせて、最適な会社や働き方を選ぶのが本筋ではないでしょうか。
そして、生涯現役だと考えれば、「老後の蓄え」という概念ごと消し去ることができます。もちろん、いつかは働けなくなるときがくるし、病気になることもある。それでも、貯蓄を取り崩しながら生計を立てる期間をなるべく短くすることで、不安を少なくすることができます。
そして、もっと今を充実させる。若いときからたくさんの経験をして、厚みのある成熟した人間になる。その延長線上に、生涯現役となるスキルが身につく、というのが私の理想です。
「今を戦えない者に、次とか来年とかを言う資格はない」ロベルト・バッジョ(元プロサッカーイタリア代表)。
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