卵子凍結が注目される影で

赤ちゃんの足

凍結をすれば、妊娠できる時間は伸ばせるのだろうか?

日本生殖医学会が、健康な未婚女性の卵子凍結を容認する指針案をまとめました。これによって卵子老化を心配する女性たちの間に凍結への関心が高まっています。

しかし、そのかげで、昨夏、それまでおこなっていた卵子凍結の新規受け付けを中止したクリニックがありました。中止の理由は、何だったのでしょうか?
 

32人の凍結卵 まだ1個も使われていない

東京都渋谷区・はらメディカルクリニックは、未婚女性が卵子凍結保存を頼める国内では数少ない施設のひとつでした。そのスタートは2010年7月。その後2年間1か月に渡って計167名から問い合わせ受け、うち32名が実際に卵子を凍結したのですが、昨年(2012年)8月に受付を中止したと言います。

現在も、同クリニックではその卵子たちが眠っています。しかし、この間に、凍結卵は一個も融解されることがなく、出産例は一例も出ていません。理由は結婚が決まらないためです。

パートナーがいる人では3例が妊娠

体外受精をおこなっている施設では、精子の少ない男性が精子を採取できなくて、やむを得ず未授精の卵子を凍結しておくことがあります。はらメディカルクリニックでも、そうしたケースでは、これまでに3例の未授精卵子がその後に無事受精できて妊娠に至りました。しかし、パートナーがいない状況で凍結した未授精卵子は、次のステップになかなか進めないのです。

「始めるときは、しばらくは仕事を頑張りたいという女性が来るのかと思った」と原利夫院長は言います。「ところがふたを開けてみたら、パートナーが見つからないけれど年齢が気になるという方がほとんどでした」そして多くの方が卵子の凍結を行うと安心し、結婚を急ぐ様子もありませんでした。

凍結をした人のうち4人に1人は40代

卵子凍結は、若い時の卵子を凍結しておけば、高齢になっても他人から卵子提供を受けずにすむのがメリットだと考えられます。しかしクリニックが、問い合わせてきた人に手渡してきた説明書で「凍結保存が有効」と明記した35歳未満の人は、未受精卵凍結を決心して行程に入った人50名中9人しかいませんでした。
そのうち、4人に1人は40代でした。このたび、日本生殖医学会が示した規定では採卵年齢の上限は40歳とされましたが、このクリニックでは40代の人も受けていました。

夢を売っているだけ?

はらメディカルクリニックでも年齢の規定はもっていました。院内に倫理委員会を設置して「凍結卵子は、高齢妊娠の危険性を考慮し45歳の誕生日が来たら廃棄」と決めていたのです。しかし、その日が迫っている人も「可能性はわずかでもかまわない」と実施を希望したそうです。原医師はこう言います。

「実際にやってみると、私たちはしだいに“夢を売っているだけ”と感じるようになってきました。宝くじならもともと夢を売るビジネスだからよいのですが、医療機関が、出産できる率が宝くじ並みのものを提供してよいのか。採卵は卵巣に針を刺すわけですから、意味がない医療行為をおこなえば、医師も傷害罪に問われます。生殖補助医療の法整備が整っていない日本では、医療側もトラブルに巻き込まれるのでは、という不安があって受付を中止したわけです」

「若い人は、こんな大変なことはやらない」

私が「それでも、若くて卵子の状態もよく、結婚相手も見つけやすい女性がおこなうならば有効なのでは」と聞いてみると、原医師はこう答えました。

「若い人は、たいていは自然に妊娠できるので、こんに大変な保険をかけようとする人はまれです。やってみたいと思う人はたくさんいるでしょう。でも、卵子凍結は料金も高いし、ここでも問い合わせてきた人全体のうち実施を決心した人は3分の1です」

実施方法は体外受精の採卵と同じ

卵子凍結の行程は、普通の体外受精の採卵と同じで排卵誘発剤の注射に通うなど不妊治療と同じ負担があります。また、体外で受精させて子宮に戻す時には未授精という不安定な状態で凍結されていた卵子ですから、顕微授精(卵子の殻を人為的に破って精子を入れる技術)が選ぶケースが多いようです。

はらメディカルクリニックの料金体系では、仮にそうして5個の凍結卵を得られた場合の凍結までの費用は約32万円で、以後の保管費は卵一個につき年間2万円でした。ですから5個あれば年間10万円を融解もしくは破棄の日まで支払い続けることになり、さらに結婚後の治療再開時には顕微授精や胚移植の費用が必要になります。

通常の体外受精では、卵子を精子と合わせてから凍結するので、受精する力がないもの、受精してもすぐに卵割が止まってしまうものは凍結しません。しかし未授精卵は、形態的に正常な卵子を全て凍結するため保管料もかさみます。

40代が凍結卵子で妊娠を目指すなら、40~50個は欲しい

何個くらい凍結すべきかは気になるところですが、凍結卵は多いほど有利になります。はらメディカルクリニックでは多い人は20個くらい凍結していて、年間の保管料は40万円です。

しかし、それでも決して多すぎることはなく「理論的推計では、40代はじめの人では40~50個、30代終わりの人でも20個以上の卵子がなければ未授精凍結卵による妊娠率は非常に低い」と原医師は言います。

ただ、年齢が高くなると卵胞が育ちにくいので、そんなにたくさん凍結することはできなくなります。クリニックではたいていの人が4~10個にとどまりました。また、採卵しようとした50名中、アラフォー女性17名が、卵子を1個も採れていません。

何のために凍結するの?

「卵子凍結は技術的には一般的な体外受精と大きく変わるものではなく、一定レベルの不妊治療施設ならどこでも実施が可能」と原医師は言います。「しかし、安定的な実施のためにはもっと社会的な議論が必要です。産婦人科医だけではなく日本医師会の見解、、宗教家たちはどう考えるのか。しかし日本では、産婦人科医におまかせ状態です。」

原医師は、今後、社会的認知が進んだ場合は卵子凍結保存を再開するかもしれないと言います。しかし、医療側の体制が整ったあとも、女性は、卵子凍結保存とは誰が、いつ、何のためにおこなうべきものなのか、自分に本当に必要なことなのかを冷静に考える必要がありそうです。

「親から卵子だけは凍結しておきなさいと言われて来た人もいました。卵子があることが、自分の女性としての証になってしまう方もいます」(原医師)

卵子凍結の安心は、期限つきの安心

原医師のクリニックでは、45歳の期限が来た人は今までに3人出ました。ひとりは破棄しましたが、ひとりは45歳を過ぎても預かる施設へ移転し、残りの1人は海外に凍結卵を持って行きその後のことはわからないそうです。

はらメディカルクリニックの現実が教えてくれることは、社会が生み出した卵子老化の悩みをテクノロジーが救済する可能性は決して大きくはないということです。卵子凍結は一時の安心をくれるかもしれませんが、現実の時間を止めてくれるわけではなく、期限はやってきます。

「今の不安がまぎれればそれでいい」と考えることもできますが、本当に子どもが欲しいのであれば、卵子凍結による安心はかえって子どもを遠ざけてしまうかもしれません。

生殖細胞の凍結保存それ自体は、若くしてがんの治療を始める方、婦人科疾患で妊娠が難しくなる方の支援になるなど大きな可能性を秘めていると思います。ただ、その可能性が大きいがゆえに、使い方をよく考えていくべきではないでしょうか。

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