絵本作家の創作意欲を刺激する賢治童話の絵本
その情景が作品に度々登場する岩手山は、宮沢賢治の故郷の山だ
没後80年という節目の年に、あらためて賢治童話の絵本を振り返ってみると、絵本作家を刺激する原作が多いためか、本当にたくさんの絵本作家が意欲的な絵本を世に出していることに驚かされます。そんな絵本作家たちの作品の中から、おすすめの絵本を選び、原作ごとにまとめてご紹介します。
賢治童話はじめての絵本『セロひきのゴーシュ』
宮沢賢治の童話は多くの絵本になっていますが、実は絵本にするのが難しい童話だとされています。そのためか、賢治の没後もしばらくの間、賢治童話の絵本が出版されることはありませんでした。そんな中、賢治童話から初めての絵本となったのが、茂田井武さんが絵を担当した『セロひきのゴーシュ』(こどものとも2号)でした。そこで、まずは『セロひきのゴーシュ』をとりあげましょう。ゴーシュは、町の活動写真館でセロ(チェロ)を担当していました。けれども、楽団員の中で1番下手だったので、いつも楽長にいじめられていました。今度の町の音楽会で演奏する曲も、やはりうまく弾けません。毎晩練習を重ねるゴーシュを、森の動物たちが訪ねてきますが……。
■セロひきのゴーシュ 茂田井武
『こどものとも』で初めて絵本になった『セロひきのゴーシュ』は、実は原作である賢治の文章が使われていません。かわりに『いぬのおまわりさん』の作詞で有名な佐藤義美が再話をしています。佐藤義美の再話は、オノマトペ(擬声語・擬態語)を多用するなど、小さな読者を意識したものでした。ところが、単行本として再発行される時には、文章が宮沢賢治の原作に戻されています。
一方、茂田井武の絵は、当時編集者だった松居直さんばかりでなく、画家の初山滋も「この絵は傑作だ」と評したほどで、現在でも賢治絵本の最高傑作と言われています。「絵から音が聞こえてくるようだ」と言われる茂田井武の作品は、絵本で賢治童話を楽しみたい人にとって必読の1冊と言ってよいでしょう。■セロ弾きのゴーシュ 赤羽末吉
国際アンデルセン賞受賞の絵本画家・赤羽末吉のゴーシュもまた見応えのある作品です。茂田井武の作品が、ひたむきに生きるゴーシュを描いているのに対し、赤羽作品は、ゴーシュと動物たちとのレッスンの様子をきっちりと描いている印象があります。
特に、ゴーシュを描くアングルが面白い。絵本の中で、ゴーシュはほとんど横を向いています。けれど、ある2つの場面だけ、ゴーシュは窓辺で読者に背を向ける形で立っているのです。ゴーシュを後ろ向きに立たせることで、読者はゴーシュと一緒に窓からの景色を眺めることになります。その結果、読者は、とても自然に絵本の世界に入り込んでいることに気がつくことでしょう。赤羽末吉は、茂田井武の『セロひきのゴーシュ』を見て、絵本画家になる決意をしたそうです。この作品には、茂田井武へのオマージュという意味合いもあるのかもしれません。そんなことを想いながら、茂田井武のゴーシュと読み比べてみるのも面白いものです。
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