18世紀後半のパリ。17年間、無実の罪で投獄されたのち、かつての使用人、ドファルジュ夫妻に保護されていた医師マネットは、自分を迎えにきた娘ルーシーとともに渡英する。その途中出会った好青年チャールズ・ダーニーがスパイ容疑で裁判にかけられ、マネット父娘は弁護士を手配。チャールズは無事救われる。彼を救った酔いどれ弁護士シドニー・カートンはルーシーに惹かれるが、チャールズとルーシーは結婚を誓い合っていた……。
前列左からドファルジュ夫妻(濱田めぐみ、橋本さとし)、シドニー(井上芳雄)写真提供:東宝演劇部

前列左からドファルジュ夫妻(濱田めぐみ、橋本さとし)、シドニー(井上芳雄)写真提供:東宝演劇部

この後、物語はフランス革命の勃発とともに血なまぐさい方向へと急展開し、チャールズは今度はフランスで捕えられ、裁判にかけられます。シドニーは再びチャールズを救えるのだろうか?というのが、本作のおおまかなストーリー。

濃厚に生きるキャラクターたちが魅力の舞台

3巻に及ぶディケンズの長編小説を、休憩込で3時間ほどにまとめた本作を今回、演出するのは、文学座の鵜山仁さん。ほぼ歌だけで構成された『レ・ミゼラブル』などと比べるとかなり台詞の多い作品ですが、その芝居の部分をしっかりと見せ、めまぐるしく複雑な展開の中で類型的に見えがちな登場人物たちに、リアリティを与えています。
左からシドニー(井上芳雄)、ルーシー(すみれ)、リトル・ルーシー、チャールズ(浦井健治)写真提供:東宝演劇部

左からシドニー(井上芳雄)、ルーシー(すみれ)、リトル・ルーシー、チャールズ(浦井健治)写真提供:東宝演劇部

序盤はどうしても情報を頭の中で整理するのに時間がかかりますが、オープニング20分後、シドニーの登場とともに舞台は俄然、表情豊かに。シドニーを演じる井上芳雄さんは、その徹底した「ダメ男」っぷりで、客席にそれまで張りつめていた緊張感を一気にほぐしたと思うと、チャールズ無罪の証拠を鮮やかに手に入れ、ルーシーへの恋心に気づいて覚醒してゆく過程を、芝居と歌とで的確に表現。安定感抜群の主人公です。
ルーシー(すみれ)、チャールズ(浦井健治)写真提供:東宝演劇部

ルーシー(すみれ)、チャールズ(浦井健治)写真提供:東宝演劇部

チャールズ役の浦井健治さんも、おそらくは地(?)のキャラクターを生かし、シドニーがルーシーへの恋をあきらめるに値する、純粋で善良な青年を好演。チャールズとルーシー、そして二人の間に生まれる娘、ルーシーの団欒は見るからに微笑ましく、シドニーならずとも温かな目で見守りたくなります。
中央・ドクター・マネット(今井清隆)写真提供:東宝演劇部

中央・ドクター・マネット(今井清隆)写真提供:東宝演劇部

しかし海の向こうのフランスでは革命が起き、貴族たちは次々にギロチンにかけられていきます。実は冷酷な叔父に嫌気がさして貴族の身分を捨て、英国に渡っ ていたチャールズは、叔父の使用人からの助けを求める手紙を読んでパリへ戻り、民衆に捕えられます。義父マネットの証言で一度は保釈されかかるチャールズですが、マダム・ドファルジュが思いがけない過去を顕して彼を告発、裁判は逆転し、死刑の宣告がなされてしまいます。
ドファルジュ(橋本さとし)とマダム・ドファルジュ(濱田めぐみ)写真提供:東宝演劇部

ドファルジュ(橋本さとし)とマダム・ドファルジュ(濱田めぐみ)写真提供:東宝演劇部

この「過去」が顕れて以降のマダム・ドファルジュは、上流階級に虐げられ、復讐の鬼となった民衆の象徴のようなキャラクター。演じる濱田めぐみさんの、自らを制御できない悲しさをはらませた、爆発的な演技が出色です。
左からクランチャー(宮川浩)とバーサッド(福井貴一)写真提供:東宝演劇部

左からクランチャー(宮川浩)とバーサッド(福井貴一)写真提供:東宝演劇部

いっぽう、マダム・ドファルジュとは対照的に、マネット医師はチャールズから自分の出自について話したいと言われても、若い二人のため何もかも飲み込むべく「言わなくていい」と答え、小悪党のバーサッドも終盤、シドニーによって自分にとっては致命的かもしれない計画に加担させられていることを知っても、そのまま協力することを了承。「究極的な局面に置かれた際の、人間のとっさの決断」が、本作のテーマの一つであることがうかがえます。これらの場面で、マネット役の今井清隆さんは大きな愛を体現し、終始こぎれいとはいいがたい扮装だったバーサッド役・福井貴一さんも、シドニーに気の利いたセリフを返す瞬間に子悪党なりの、潔い格好よさを醸し出しています。
ミス・プロス(塩田朋子)、リトル・ルーシー、ロリー(原康義)写真提供:東宝演劇部

ミス・プロス(塩田朋子)、リトル・ルーシー、ロリー(原康義)写真提供:東宝演劇部

文学座から参加の、ルーシー家を見守る銀行家ロリー役・原康義さん、ルーシーの乳母的存在のミス・プロス役塩田朋子さんも手堅い演技。特に終盤のロリーとシドニーの語らいのシーンは、淡々とした運びが逆に、その後の感動を盛り上げています。ロリーとミス・プロスのロマンスが暗示されるくだりも、緊迫した状況下でほっとできる瞬間です。

シドニーはチャールズ救出のために大きな決断を下しますが、原作者ディケンズはそこで話をまとめず、一人のお針子を巡る小さなエピソードを入れ込んでいます。長編のミュージカルにとってこのエピソードは一見、「無くても成立する」部分ではありますが、ここでのシドニーの言動はおそらく、ディケンズの性善説的な人間観を凝縮させたもの。余計なものをそぎ落とした井上さんの口跡が、原作者の思いを代弁しているかのようです。
シドニー(井上芳雄)写真提供:東宝演劇部

シドニー(井上芳雄)写真提供:東宝演劇部

終幕間際の台詞は、原作の最後の二文をそのまま翻訳したもの。その表現は文学作品の締めくくりとしては驚くほどシンプルですが、人は何のために生きまた死ぬのか、幸福とは何か、人生の価値は長さによって決まるのかなど、多くを投げかける台詞です。大人だけでなく、人生について迷いがある(かもしれない)思春期の子どもたちにも、噛みしめてみて欲しいと思える幕切れです。

「ミュージカルおたく少女」があきらめなかった、『二都物語』という夢

……ところでこの作品、実はひとりの「ミュージカルおたく」少女の、「岩をも通す一念」から生まれました。脚本、作詞、作曲を手掛けたジル・サントリエロさんは、6歳からピアノを独学で学び、ルシール・ボールの映画『メイム』がきっかけでミュージカルに興味を抱くように。その後ブロードウェイで『日曜日に公園でジョージと』に主演していたマンディ・パティンキンの大ファンになり、「彼と友達になりたい」一心から、ミュージカルを書き始めたのだそうです。

素材を決めるにあたって、母が勧めてくれたのがこの『二都物語』。読んですぐにそのパワフルな内容に魅了された彼女は、大学でジャーナリズムを学び、卒業後 は会社勤めをしながら、少しずつ曲や台本を書きためました。たくさんの曲が生まれては消えていったのだとか。

俳優になった兄がブロードウェイの『レ・ミゼラブル』で共演した役者たちと、本作のプロデューサーとなって応援してくれたこともあり、『二都物語』は2008年、ついにブロードウェイで上演。書き始めから実に21年が経っていたそうです。

マンディ・パティンキンの件はさておき、ミュージカルを書き、それをブロードウェイで上演するという夢を決してあきらめず、家族の助けも借りながらそれを実現させたジルさんのエピソードには、ミュージカル・クリエイターを目指す若者ならずとも、大いに励まされるところがあるのではないでしょうか。彼女は現在、第二作に取り組んでいるそうです。

*公演情報*『ミュージカル 二都物語』上演中~2013年8月26日 http://www.tohostage.com/nito/





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