熱気あふれる大学路(テハンノ)の稽古場

『兄弟は勇敢だった?!』前回公演から。(C)AMT

『兄弟は勇敢だった?!』前回公演から。(C)AMT

ソウルの学生街で、文化の発信地でもある大学路。メルヘン調だったりモダンだったり、かなり年季が入っていたりとばらばらな外観の雑居ビルが並ぶなか、小劇場を兼ねた一軒のビルを訪れると、エレベーターを降りてすぐ目の前にリハーサル室が。既に俳優たちはウォームアップ済みらしく、鏡張りの室内には熱気がむんむん立ち込めています。

( C ) Marino Matsushima

( C ) Marino Matsushima

はじめに演出家のチャン・ユジョンさんが役者たちを招集。さっそく何かダメ出しが?と身構えると、何のことは無い、「今日は取材の方がいらっしゃるって伝えてあったのに、みんなメイクしてこなかったの?」私はばっちりしてきたのに~、と冗談を交えながら「今日も頑張ろう!」。至って和やかな雰囲気で、抜き稽古が始まりました。

ノリがよく、変化に富むナンバーが次々登場

『兄弟は勇敢だった?!』は、とある旧家に生まれ育った兄弟の、衝突と和解の物語。疎遠だった父が亡くなり、葬式のために戻ってきた二人を迎える村人たちの哀悼歌から、舞台は始まります。「アイゴ~、アイゴ~(ああ、ああ)」と悲嘆にくれる歌声がしばし続いたのち、突然曲調はアップテンポに、そして兄弟が登場して再びメランコリックにとめまぐるしく変化。父の遺影の前で喧嘩を始めるほどの兄弟の犬猿の仲ぶりが芝居で差し挟まれ、観ているほうはこの一曲だけではらはらドキドキ、一気に物語に引き込まれます。
キム・ドヒョン(左)&チ・チャンウク(右)組の稽古。(C) Marino Matsushima

キム・ドヒョン(左)&チ・チャンウク(右)組の稽古。(C) Marino Matsushima

続いて父の偏屈ぶりを村人たちがラップ調で歌うナンバー、あえてラブソングの曲調で兄弟が「俺はお前が嫌いだった~」とぐちをこぼしあうナンバーなど、キャッチーでバラエティに富んだナンバーが次々披露された後、兄弟の前に謎の美女が登場。彼女が語る「父の遺産」と彼女自身を巡って、兄弟の争いはさらに激化するのですが、物語はいつしか亡き父と母の物語へ移行。兄弟は、母が亡くなったのは父が母につらくあたったからだと信じていたのですが、思いがけない真実が明るみになり、最後には涙、涙……。いくつかの場面を繋いだ抜き稽古でしたが、本作がスピーディーなコメディと心温まる家族愛の物語を巧みに組み合わせた作品であることは、十二分にうかがえました。

それぞれの持ち味が生きたダブルキャスト

キム・ジェボム(右)&チョ・カンヒョン(左)組の稽古。(C) Marino Matsushima

キム・ジェボム(右)&チョ・カンヒョン(左)組の稽古。(C) Marino Matsushima

来日公演の兄弟役はダブルキャストであるため、主役は稽古途中で交替。前半の兄弟役キム・ドヒョンとチ・チャンウク組が、年齢も性格もかけ離れすぎて互いに相容れない感じがよく醸し出されていたのに対して、後半のキム・ジェボム、チョ・カンヒョン組は年が近く、どちらもひょろんとした体形で、似た者同士がじゃれあっているようなおかしみを感じさせました。

特に韓流ドラマ界では今、最も旬の俳優の一人、チ・チャンウクさんが、ミュージカル俳優としてはまだ新人で本作には今回が初出演であるため、先輩たちに懸命にくらいついている様子は印象的。怒りを表現するくだりで、見学している筆者の目の前にかがみ、バンッと床を叩いた際の振動は、おもわずのけぞってしまいそうなほど。彼の「本気度」が頼もしく感じられました。

抜き稽古の後、全員集合。「日本の皆さん、楽しみにしていて下さいね!」(C) Marino Matsushima

抜き稽古の後、全員集合。「日本の皆さん、楽しみにしていて下さいね!」(C) Marino Matsushima

チャン・ユジョンさんはところどころできめ細かいダメを出すものの、その様子は「頼れる姉貴」的で、演出家然としたところはみじんもなし。俳優たちのコミカルな演技に笑い転げたりと、いたってフレンドリーで、この「姉貴」を中心に、カンパニー全体が家族のように連帯し、稽古を積んでいるように見えました。

演出家、主演4人にインタビュー

稽古後、場を移して演出家と主演の4人に合同取材。いくつかのコメントを紹介します。(チャン・ユジョンさんに関しては後日の単独インタビュー分も追加しました!)

チャン・ユジョン(台本・演出、75年生まれ。他の作品に映画版も監督した『あなたの初恋探します』など)
演出中のチャン・ユジョンさん。(C) Marino Matsushima

演出中のチャン・ユジョンさん。(C) Marino Matsushima

――『兄弟は勇敢だった?!』を書いたきっかけは?

「私の母方の祖父母が出発点です。祖母は健忘症で亡くなったのですが、子供たち、つまり私の母たちは『お父さんがお母さんによくしていたらこんなことにはならなかった』と言っていた。けれど孫の私からは、ちょっと違って見えました。祖父母の関係をテーマに描き始めたら、次第に今あるような形に物語がふくらんで行ったんです」

――兄が「(長男ゆえ)縄で縛られたかかしのような人生」、弟が「(次男ゆえ兄のスペアでしかない)おまけのような人生」と嘆く歌詞がありますが、この感覚は韓国ではどの程度一般的なのでしょうか?(追加質問・松島)

「ごく普通です。長男、次男には多少なりともこういう感覚があると思います」

――では、母が「相手の顔も知らず嫁ぐ」という歌詞については? 兄弟の年齢からして、40年ほど前のことかと思いますが。(追加質問・松島)

「実際に、私の義理の母が結婚前には相手に一度しか会っていませんでした。当時は珍しいことではありませんでした」

――演出についですが、兄弟が実家に戻ると、門を叩く音がして、すわ幽霊かと兄弟がおびえるシーンがあります。この音が「ドンドン!」と大きな音でしたが、日本的な感覚では、幽霊を想起させるならもっと弱い音かなと思われます。あの音の意図は?(追加質問・松島)

「あれは実は、この作品の伏線なんです。兄弟にとっては震え上がるような体験として大きな音にしていますが、全編を観ていただくと、あれは実は……と、何か気づいていただけるかもしれません。この作品にはこうした伏線をいろいろ張り巡らしていますが、インタビューで聞いていただいたことは韓国でもこれまで無かったので、とても嬉しいです」

――最後に、父の秘密が明らかになり、兄弟が左右から寄り添って父に手を重ねるシーンもとても素敵です。ただ、一瞬で装置に隠れてしまったのがちょっと残念にも思えました。(追加質問・松島)

「あの『ちらり』も意図的な演出です。お客様は恐らく、それまでの流れでお父さんの真実に十分感動して下さっていると思うので、あそこでは、兄弟が真実を知り、父に共感したと知っていただくだけで十分かなと判断しました」

――韓流スターのチ・チャンウクを起用したのは?

「前作の『あの日々』に彼が出演していて、彼のクールさが『兄弟~』の弟役に合うと思えたんです。この弟は、優秀だが名家の長男である兄ほどには恵まれていないという思いを持っているけれど、それを表に出さないクールな人間。チャンウクもクールに見えて、実は熱いものを持っているなので、ぴったりだと思えたんです。本当はまず事務所に打診しなければいけないのですが、今回は彼に直接『やってみない?』と持ちかけました(笑)。彼に限らず、『兄弟~』ではいい役者との出会いがたくさんあり、これは演出家として大きな財産です」

――映画化が進行しているそうですが、『あなたの初恋~』のように、今回も歌は無しでしょうか?キャスティングは?(追加質問・松島)

「歌は無しです。キャスティングはまだ取り掛かっていません。チャンウクですか?そうですね、彼はスクリーンだととても若く、23歳くらいに見えてしまうので、この役には厳しいかもしれません」

――ミュージカルを志したきっかけは?(質問・松島)

「英国留学中に『オペラ座の怪人』などを観て魅了された後、インドでボリウッドのミュージカル映画を観て『これなら私にも出来るかも』と思い、帰国後に芸術学校に入学しました。ミュージカルの台本を書く授業を担当していた米国人の講師が、韓国語が読めない方だったので、『下手に書いても分からないだろう』と思い、勇気を持って書いた作品が公募に当選。テハンノで上演されたのがキャリアの始まりです」

キム・ドヒョン(兄役、77年生まれ。アミューズ・ミュージカルシアター『カフェ・イン』で日本にお目見え。他の出演作に『王になった男』舞台版主演など)
キム・ドヒョンさん(C)アミューズ

キム・ドヒョンさん(C)アミューズ

――本作のテーマを教えてください。

「様々な対立軸が一つになっていく過程を描いた作品です。古いしきたりを守っている住民たち、父と母、代々続く家を背負う兄、最高学府を出ているのに仕事がない弟。そんな人々が和解し、一つになる。日本の方々にも理解していただける、素敵な物語だと思います」

――チ・チャンウクさんとはどんな兄弟になりそうですか?(質問・松島)

「彼はとても勇敢です。カンパニーで一番年下で、新人でもある。委縮してもおかしくないのに、稽古初日からとても積極的でした。既に出来上がっている作品なので稽古期間は通常の半分くらいしかなかったけれど、彼は皆とも打ち解けているし、もうすぐに公演ができるくらいのレベル。何の心配もしていません」

――表現力豊かな声が印象的ですが、歌はどう訓練されたのですか?(質問・松島)

「もともと演劇の役者でしたが、チョ・スンウさんの『ジキル&ハイド』で一曲の中で主人公が二つの人格を行き来するナンバーを聴いて、すごい表現方法だ!とやってみたくなり、2年間、役者業を休み、演劇学校で講師をしながら、自分の声に合う声楽の先生を探しました。6番目に出会った先生のもとでレッスンを重ね、29歳でミュージカルデビューしました。ミュージカルは音楽やダンスに助けられる部分もあるので、芝居の本質を逃さないよう、年に一度はストレートプレイにも出演し続けています」

チ・チャンウク(弟役、87年生まれ。『あの日々』でザ・ミュージカルアワード新人賞受賞。テレビ出演作に『笑ってトンヘ』『僕らのイケメン青果店チョンガンネ』『ペク・ドンス』ほか)
インタビュー中のチ・チャンウクさん。(C)アミューズ

インタビュー中のチ・チャンウクさん。(C)アミューズ

――多忙な中で本作のオファーを受けたのは? 映像と舞台の違いをどうとらえていますか?

「役者として、一緒に仕事をした演出家から『次も』と言っていただくのはとても嬉しいことなので、お話をいただいたときはぜひやりたい!と思ったのですが、その日は別のミュージカル、『ジャック・ザ・リッパー』の出演が決まった翌日でした。『僕はこういうスケジュールになっているのですが……』と事情を話すと、『君ならできる!』とおっしゃったので、今こうして頑張っているところです。映像では瞬発力が求められ、舞台では3か月間模索や葛藤が続きますが、システムが違うだけで演技という点では同じだし、どちらも『仕事』。いい作品であれば映像も舞台もやっていきたいです」

――本作の日本公演についてどう感じていますか?

「韓国ミュージカルの魅力は、役者それぞれのエネルギーを結集している点。『兄弟~』はそれが生きた作品だと思いますし、旧家の物語という点では韓国的ですが、家族の問題は万国共通だと思います。日本のお客様がどう観て下さるか、とても楽しみです。個人的には、喉と健康の管理をしっかりやりたい。日本公演が決まった時に最初に周囲に尋ねたのが、(よく点滴を受けるので)病院のことでした(と、笑いながら両手肘の内側をちらりと見せる。点滴針の跡が見える)」

――学生時代からミュージカルに出演していたそうですが、そのきっかけは? 演技をする上で大切にしていることは?(質問・松島)

「学生時代からミュージカルを観て漠然と『楽しそうだな』と思っていて、21歳で大学路の舞台のオーディションを受け、出演しました。既存の作品4つを組み合わせた、ショー的な作品です。歌はもともと興味があり、ダンスは出演するうちに訓練を積んでいきました。大切にしているのは、一生懸命やること。先輩方は『それより、巧くやれ』とおっしゃいますが、僕は一生懸命やることがうまくなることにつながると思っています」

キム・ジェボム(兄役。『風月主』でアミューズミュージカルシアターにお目見え。他の出演作に『スリル・ミー』ほか)
キム・ジェボムさん(C)アミューズ

キム・ジェボムさん(C)アミューズ

――『風月主』で来日時は、オフをどう過ごしていましたか?

「韓国と違って休演日を二日いただけたので、一日目はガンダム(の像)を見に行き、涙が出るほど感動しました。二日目は新宿、原宿、恵比寿、渋谷を歩き回って、足が疲れました(笑)」

――ジェボムさんにとって大学路とは?

「日本も居心地がよかったけれど、大学路は劇場も多いし稽古場も多いので、ほとんど家のような場所です」

――ミュージカルを志したきっかけは?(質問・松島)

「大学では演劇を専攻していたのですが、同級生が出演していた『地下鉄1号線』を観て面白いと思い、その作品の半年に一回のオーディションを受けて合格しました。やりたいという気持ちだけで始めたので、今でも歌には苦手意識があります。歌えないとお話にならないのでレッスンは積んできましたが、何度もやめようと思っては、やめるよりはと思ってふみとどまっています」(注・謙遜していますが、ジェボムさんは柔らかさのある美声の持ち主です)

チョ・カンヒョン(弟役。他の出演作に『太陽を抱く月』『シャーロック・ホームズ』ほか)
チョ・カンヒョンさん(C)アミューズ

チョ・カンヒョンさん(C)アミューズ

――カンヒョンさんはジェボムさんと共演の機会が多いそうですが、どんな印象をお持ちですか?

「はい、『スリル・ミー』では呼吸を合わせるだけでなく、口も合わせました(笑)。ジェボムさんを一人の役者として尊敬しているし、先輩後輩としてもいい関係だと思います。それが共演の時にも現れてくるような気がします。とはいえ、いろんな意味でいじめられもしているので(笑)、今回の『兄弟~』ではそんな鬱憤を晴らそうと思っています」

――カンヒョンさんも大学路での活動が主ですか?(質問・松島)

「2年前から大劇場含め、いろいろな場所で出演しています。今は(本作の稽古と並行して)『太陽を抱く月』で、江南の劇場に出演しています」

――ミュージカルを志したきっかけは? また、当時と比べて創作ミュージカルに変化を感じますか?(質問・松島)

「僕も演劇専攻でしたが、芝居のオーディションを受け始めた頃、ちょうどミュージカル公演が増えてきて、興味を持ちました。台詞で表現しきれないことを歌や踊りで表現できるのが面白いと思ったんです。デビューして今年で4年ですが、この短い期間にも創作ミュージカルは音の使い方など、様々な面で進化していると感じます」

*公演情報*『兄弟は勇敢だった?!』2013年7月30日~9月1日(アミューズ・ミュージカルシアター)Wキャストの出演日等は公式HPで確認下さい。 http://www.amuse-musical-theatre.jp/kyodai/



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