利便性は第一条件、
でも、便利なだけでは足りない?

利便性

家族の構成員数が減少すると、より利便性を求めるようになるという。その意味では今後も住まい選びで利便性が重視されるであろうことは間違いない(クリックで拡大)

「住みやすい街」とはどんな街だろうか? 最初に利便性が挙げられることは間違いない。特に首都圏で通勤、通学が必要な家庭であれば、足回りの便が良く、買い物にも便利、そうした条件が揃っていることが、一般的には「住みやすい」場所の第一条件だろう。資産価値が落ちにくい物件の条件が、駅から徒歩5分以内など立地の利便性によっていることを考え合わせると、便利さという意味の重要性がよく分かる。

 

家族

家族構成が変わると街に求めるものが変わる。単身の場合には公共のサービス、近隣の人の手助けが必要な場面は少ないが、子どもや高齢者がいるとどうしても必要になってくるからだ(クリックで拡大)

利便性以外の条件については個人差が大きくなってくる。子どものいる家庭であれば公園や学校が近いことや小児科が多いことなどが重要になってくるだろうし、シングルであれば夜間の外食事情が住みやすさのバロメーターになることもあろう。自分が求めるものがあるかどうかで、住みやすいと言えるかどうかが変わってくるわけである。

 
しかし、街にある施設だけが住みやすさを形作っているのだろうか。便利で、その人が求める条件が揃っていれば、それだけで満足、住み続けようと思うのだろうか。最近読んだ新聞記事の中に気になる言葉があった。

千葉県船橋市に地元出身の人たちが集まったNPO情報ステーションが運営する民間図書館がある。このNPOが生まれたきっかけは街に魅力がない、自分たちでなんとかしようという問題意識からだったそうである。東京新聞に紹介された記事にはこうある。

「交通の便はよいけど、就職したら離れていく人も多い」
会社と自宅を行き来するにはいいが、船橋にはその中間がなかった。「僕らは第三の場所、と呼んでいるのですが、家庭と職場や学校の“間”で止まれる場所が必要。……以下略」(東京新聞 2013年5月13日夕刊)

便利さだけで選んだ街であれば、他にもっと便利な街があれば、そこに引っ越す人が出てくるのは当然で、実際、船橋市ではそういう事例が少なからずあったわけである。都心でも同様のことが起きている。立地の良い、設備の整ったタワーマンションでも周囲に新しい物件ができると、そこに引越す人は必ずいる。設備や建物は新しければ新しいほど快適で使いやすい。求めるモノが快適さ、便利さだけなら、新しいところに次々に移り住めば良いのだ。

ずっと住み続けたい物件には、
居心地のいい人間関係があった

ログハウス中庭

建物自体も珍しいログコテージ。竣工以来取材などで度々お邪魔しているが、築年数を経ても古びないどころか、いっそう、落ち着いたたたずまいを醸し出している点に感動する(クリックで拡大)

一方で一度住んでしまうと、なかなか、そこを離れられないという場所もある。たとえば、川崎市麻生区にあるログコテージ。ここは10年ほど前にできた賃貸では多分唯一のログハウスで、建物そのものには非常に強い個性があるものの、立地としては必ずしも便利至極というわけではない。最寄り駅は小田急多摩線栗平駅。新宿直通の多摩急行があるので、都心への足回りは不便ではないものの、駅までは徒歩9分。駅の回りも繁華とは言い難い。しかし、ここには海外に赴任、自分が住まなくなっても帰ってくる日のためにと部屋をキープし続ける人がおり、10年間ずっと住み続けている人がいる。筍掘りや餅つきなど、年に何回か開かれるイベントには退去した人たちも参加するという。

 

パーティー風景

パーティーが開かれたのは棟と棟の間、中庭上になったスペース。テントを張り、古くからの隣人も、つい先日入居したばかりの人も混じり合ってわいわい。子ども達も大はしゃぎ(クリックで拡大)

ちょうどゴールデンウィーク中に筍掘りがあるというので、参加させていただいた。行ってみると敷地内にテントが張られ、テーブルがセットされ、そこには各家庭が持ち寄った料理がどっさり。飲む人、肉を焼く人、家から料理を持ってくる人と誰かが指示しているわけでもないのに、自然にそれぞれが役割を分担、初対面の人との間でも会話が弾んでいる様子。聞いていて印象に残ったやりとりがある。音を巡る話で、ある人が隣人に映画がお好きなんでしょう?と話しかけたのだが、なぜ、それが分かったかというと、隣人が休日、窓を開けたままで映画を見ているためだというのである。普通だと苦情に発展してもおかしくない状況なのだが、その人は、隣から聞こえる音を聞いて、お隣さんは今日はあれを見ているんだなあと思うんですよと軽く話し、さして気にしていない様子。そして、実は私も映画は大好きでと話は発展し、そのうち、ウチで一杯やりながら一緒に見ましょうよと終わった。

 

ご存じのように、音は集合住宅では最も解決しにくい問題のひとつである。物理的に音を遮る方法以外で、解決への道は互いに知り合いになることと言われるが、それができないことが多く、こじれてしまうのだ。ところが、ここでは音の問題が、しかも休日に窓を開けて大音量で映画を見ているという、普通に考えればとんでもないことをしている隣人の問題が、一緒に飲みながら映画を見ましょうよと何事もない話で終わる。それは、この物件ではオーナーの呼びかけで入居後すぐからこうしたイベントが度々開かれ、入居者間に人間関係が出来上がっているからである。竣工後すぐに入居した人は居心地の良い人間関係が魅力で住み続けているとも話してくださった。

東日本大震災時、人が集まったのは
知っている人がいる場所だった

居心地の良い人間関係が住み続けたい街、住まいの条件になりうるというわけで、この言葉に思い出したことがある。以前、六本木ヒルズ10周年の取材時に聞いた話である。六本木ヒルズでも周囲に新しい物件、話題の物件ができると、そこに引っ越していく人が少なからずいらっしゃる。だが、多くはしばらくすると戻ってくる。「他の物件のスタッフは機械的でつまらない、ヒルズのスタッフの親身な雰囲気が懐かしい」、それが大方の理由だという。やはり、ここでも人がキーワードなのである。

六本木ヒルズではもうひとつ、印象に残っている話がある。東日本大震災の日のことである。建物、室内には被害がなかったものの、一人でいることを不安に思った人が多かったのだろう、入居者がフロントに集まってきたという。フロントに行けば、顔見知りのスタッフがいて勇気づけてくれる。その安心感を求め、入居者はフロントに集まった。最先端の技術を駆使して建てられた建物、防災設備よりも、知っている顔にこそ、安心があるというわけである。

では住みやすい街の人間関係はどのように生まれるのだろう?