柿葺落六月大歌舞伎 (6月3日~29日)
柿葺落六月大歌舞伎
まずはすでに幕を開けている新装歌舞伎座の「柿葺落六月大歌舞伎」。前売り券は殆ど売り切れという人気公演ですが「歌舞伎をはじめる3ステップ」でご紹介した幕見席が毎日売りだされますから、これはと思われたらぜひチャレンジしてくださいね。
重厚な人間ドラマ「俊寛」(第一部)
俊寛
第一部では人気の橋之助、勘九郎が顔を合わせる「鞘当」や、当代随一の舞踊の名手・三津五郎の「喜撰」といった演目もたいへん魅力的なのですが、どちらも「今日から歌舞伎を見る」という方には、少しハードルが高い面があります。
そこで私がオススメするのは、中村吉右衛門、片岡仁左衛門という魅力的な顔合わせで上演されるお芝居「平家女護島 俊寛」です。部分的に科白が難解なところもありますが、あらすじを知ってご覧になれば、決して難しいものではありません。すこし重たい話ですが、特に大河ドラマなど、重厚な人間ドラマがお好きな方に強くオススメします。
■こんなにドラマティック!
平清盛が権勢をふるった時代。その清盛にとりたてられて出世をしていた僧侶・俊寛は、こともあろうに、その清盛への反乱を計画したために、仲間とともに鬼界ヶ島(きかいがしま)という孤島に島流しにされてしまいました。
舞台は、俊寛たちがこの島に流されて3年後。硫黄の煙が立ち上る絶海の孤島での暮らし。もちろん米を食べることもできず、魚や貝、海藻を食べて暮らす日々。都育ちの人にすれば、まさに地獄だったでしょう。
たったひとつ、近くの桐島に住む漁師の娘・海女の千鳥が、ともに流刑にあった丹波少将成経と結ばれ夫婦となり、俊寛を「父上様」と慕ってくれることが、喜ばしい出来事でした。
そこへ、都で慶事があったため、罪人を許し都へ戻すという使いの船がやってきます。大いに喜びあう俊寛たちですが…。可愛がってやった俊寛に裏切られた清盛の怒りは、彼らの想像を上回るものでした。
はたして俊寛はどうなるのでしょうか。無事に都へ帰ることができるのか。海女の千鳥は、成経と添い遂げることができるのか。極限状況に追い込まれた俊寛の、最後の選択とは。
作者は、あの近松門左衛門。かつて教科書で名前を見ただけのひとかもしれませんが、実にドラマティックで人間の深層に切り込む脚本の見事さで、現代に生きる私たちの心を揺さぶります。男女を問わず、深い感銘を受けることができるはずです。
■名優の渾身の演技に酔う
吉右衛門の俊寛は、当たり役の一つで、深い人間描写が心を打ちます。人の業や、哀しさ、孤独をずっしりと伝える技量は、まさしく人間国宝の名にふさわしいものだと思います。吉右衛門世代の役者さんたちは、近年ますます光り輝いている気がしますが、その光芒に酔いしれたいものです。
また競演の仁左衛門も俊寛は当たり役ですが、そのひとが平家からの使者・丹左衛門を演じるのも話題です。さわやかな芸風と、涼やかな声、美しい風貌の仁左衛門にピッタリの役で、吉右衛門との競演は歌舞伎ファンばかりでなく、はじめてご覧になっても、ワクワクできると信じています。
様式美に彩られたゴシックホラー「土蜘」(第二部)
土蜘
第二部では、やはり歌舞伎の様式美にあふれた「寿曽我対面」が上演され、こちらもオススメです。が、「江戸の縁起物」的な演目なので初めての方に「どんな話なの?」と聞かれると困ってしまうような面があります。ということで、今回はもう一つの演目「新古演劇十種の内 土蜘」をご紹介します。歌舞伎の様式美に興味があり、バレエなどの舞踊がお好きな方には特にオススメします。
■美しきゴシックホラー
舞台は平安時代。江戸のひとにとっても「むかし」と言える頃です。源頼光は病のために屋敷で静養していますが、ある日の深夜、謎の僧侶が病気祈祷のために訪れます。
その修行の模様を語るうち、頼光の太刀持が僧侶の影が異形のものだと気づきます。高僧と見えたのは、実は妖怪・土蜘の精で、頼光をとり殺そうと狙っていたのです。頼光の家臣である平井保昌をはじめ四天王と呼ばれる侍たちによって土蜘は追いつめられていきますが……。
僧智籌実ハ土蜘の精
歌舞伎の中でも松羽目物と呼ばれるこの舞台は、能舞台を模した背景を使った抽象的な空間で演じられます。そこに私たち観客の想像力が加わることで、次々と空間が彩りを変えていくことになるのですが、それは実に豊かな時間だと言えるでしょう。
ホラーとは書きましたが、決して恐ろしいというのではありません。衣装デザインも非常に美しく、数々の様式美に支えられた絵巻物を見るような舞台ですのでホラーが苦手な方でも大丈夫です。
■豪華な顔触れで菊五郎家のお家芸を
歌舞伎のお家芸といえば市川團十郎家の「歌舞伎十八番」が有名ですが、それに対抗するように五代目菊五郎が制定したのが「新古演劇十種(しんこえんげきじっしゅ)」です。この「土蜘」はその作品のひとつ。尾上菊五郎家のお家芸、というわけです。六月の歌舞伎座では、この土蜘の精を久しぶりに当代の菊五郎が演じるだけでなく、さらに当代で望みうる最高の顔ぶれが揃う必見の舞台といえます。
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