ミュージカル/ミュージカルの基礎知識

英国・ロンドンで観たい!ミュージカル鑑賞の基礎知識(3ページ目)

ヴァカンス・シーズン到来、今年は円高傾向とあって英国旅行を考えていらっしゃる方も多いことでしょう。そんなあなたにお送りする「イギリスで楽しむ!ミュージカル鑑賞入門」。ロンドン在住の演出家・市川洋二郎さんインタビュー、現地での観劇レポートも盛り込み、初めての方でも安心して楽しめるよう、お役立ち情報をたっぷりお届けします!

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

 

Jesus Christ Superstar』観劇レポート

(Open Air Theatre, London 2016年7月15日~8月27日)
【最新情報】2019年夏にこのプロダクションのロンドンBarbican Theatreでの上演が決定しました! 2019年7月2日~8月24日。夏休みのご予定に入れてみてはいかがでしょうか?詳細はこちらから

(*いわゆるネタバレが含まれます。これからご覧になる方はご注意ください)
The Crucifixion Photo Johan Pesson

The Crucifixion Photo Johan Pesson

ロンドンを代表する大公園の一つ、リージェンツ・パーク。その一角に位置する野外劇場Open Air Theatre公演は、1932年以来80年以上にわたってロンドンの夏の風物詩となっています。特に2007年にTimothy Sheaderが芸術監督に就任してからは毎年完成度の高い演目が登場、演劇賞を受賞したり、後にウェストエンドに進出するケースも少なくありません。

例年、シェイクスピアなどの古典演劇が1本、ミュージカルの名作が1本といったプログラムですが、今年の演目は台詞劇『高慢と偏見』と初演から45年を迎えた本作の組み合わせとなっています。
Tyrone Huntley as Judas and Ensemble Photo Johan Persson

Tyrone Huntley as Judas and Ensemble Photo Johan Persson

自宅でプリントアウト可能のチケットをかざしてゲートをくぐると、すぐ目の前に小ぶりの野球スタジアムのような会場が。観客はまずはこの周りで軽食やワインを楽しみ、開演の合図とともにゆったりとした足取りで自分の席へと向かいます。

夜公演とあってか、屋外にもかかわらず(!)立ち込めるアルコールの香り。それでも腹の底に弦の低音が響き渡ると、場内の空気がぴっと引き締まり、“今回はどんな演出かしら”とばかりに皆、前のめりでステージに見入り始めました。
Declan Bennett as Jesus and Soldiers Photo Johan Persson

Declan Bennett as Jesus and Soldiers Photo Johan Persson

10人編成のバンドが繰り出す大音量の序曲が、英国のまだ明るい夏空を突き抜けてゆく。客席通路を縫うようにロック歌手とその取り巻き風の若者たちが現れ、十字架風の鉄骨が中央に倒れているステージへと昇ってゆきます。

きびきびと歩く彼らの中で一人、きつい目つきで客席を見回す青年。彼がユダか、と目星をつけていると案の定、フードを被ったジーザス役(Declan Bennett)に対して、彼(Tyrone Huntley)は警告を発する「Heaven on their minds」を歌い始めます。鋭くも、どこか初期のマイケル・ジャクソンのような、少年ぽさも残した歌声。

ユダがジーザスに対して同性愛的な感情を持つように解釈されることもある本作ですが、今回のユダはそれより“憧れていたスター歌手に疑念を抱き始めた10代のファン”といった雰囲気です。
Cavin Cornwall as Caiaphas Photo Johan Pesson

Cavin Cornwall as Caiaphas Photo Johan Pesson

ジーザスを取り巻く人々は歌いながらゆるっとしたリズム感で、コンテンポラリーにヒップホップをブレンドしたような踊りを見せます。この「ゆるさ」は舞台に終始貫かれていますが、それは雨の多い英国の野外公演とあって、激しい動きが危険であるためかもしれません(実際、2幕が始まる頃から小雨が降り始め、俳優たちが滑りはしないかとはらはらする瞬間もありました)。

ジーザスを危険分子視するユダヤ教司祭たちのナンバー「This Jesus must die」でも、例の十字架型の鉄骨上に登場した司祭たちはジャポニスム風の着物ガウンを揺らしながら、マイクをつけた錫杖のような杖を上に下に、ねっとりと動かし、異様なインパクトを醸し出します。

ここで登場するカヤパ役(Cavin Cornwall)は数年前の『JCS』ワールドツアーでも同役を演じ、映画版『レ・ミゼラブル』では冒頭、囚人の一人として短いソロを歌っている方ですが、艶と張りのある低音が群を抜いて素晴らしく、全編を通してこのシーンが本プロダクションで最も魅力的です。
The Temple Photo Johan Persson

The Temple Photo Johan Persson

その後の「The Temple」では、十字架型のポールでアンサンブルがポールダンス的な動きを見せたり、2幕の「The Last Supper」では俳優たちがダ・ヴィンチの「最後の晩餐」と同じポーズをとったり、「Herod’s Song」ではヘロデ王が73年のオリジナル・ブロードウェイ公演にオマージュを捧げたような衣裳で登場したりと、ナンバーごとに意欲的な趣向が見てとれますが、「Simon Zealotes」の曲終わりと同時にアンサンブルが“はい、終わりました”と言わんばかりに立ち上がって退場したりと、全体的には演劇的というよりコンサート味の強い舞台。ノンストップでジェットコースター的な展開にのめり込ませる劇団四季版とは対照的に、休憩もあり、よりリラックスして一曲、一曲を味わわせる公演です。

そんな中はっとさせられたのが、日の長いイギリスとあってずっと明るい中で展開していた舞台が、死を意識したジーザスのソロ「Gethsemane」に差し掛かると、にわかに落日を迎えたこと。漆黒の闇の中、ジーザスがスポットライトを浴びて絶唱することで彼の孤独が鮮やかに際立ち、19時45分というきりの悪い(?)開演時刻設定はこの効果を狙ってのことだったのか、と唸らされます(演出・Timothy Sheader)。
Peter Caulfield as Herod Photo Johan Persson

Peter Caulfield as Herod Photo Johan Persson

変心した民衆にかわるがわる殴られ、蹴られるジーザス。その傍らでは別の一団が恍惚とした表情で彼の死を願い、歌い踊るという狂気じみた光景が、現代でも混乱した社会で容易に起こりうるという生々しい実感を伴って終盤に呈示されます。

ジーザスも耐えるどころか、かなり痛がりながら十字架に打ち付けられる。生々しい表現の連続ですが、幕切れのある描写によって、これまで展開していたものが劇中劇であった(まるでノーマン・ジュイソン監督映画版へのオマージュであるかのように)ことが改めて示され、観客は小さく安堵。

終演は22時、まばらに立つ街灯を除けば漆黒に包まれた公園内の環状道路を、人々はそれぞれ感想を口にしながら歩き、車や駅へと向かいます。観光客が大方を占めるウェストエンドの劇場とは異なり、そのほとんどは英国人。ドレスアップしたカップルや、父親がピクニックセットを抱えた家族連れも少なくありません。こんな“夏の楽しみ”が東京にもあったなら、と羨ましさを覚えた帰途でした。
 

『High Society』ツアー版レポート

英国の優雅な地方都市チェルトナムの街並みに溶け込んだ劇場Ever

英国の優雅な地方都市チェルトナムの街並みに溶け込んだ劇場Everyman Theatre。(C) Marino Matsushima

(2013年4月)
最後に、筆者がロンドンの北西に位置するジョージア王朝のスパ・タウン、Cheltenhamで観た『High Society』についてレポートしましょう。

平日の昼公演ということもあってか、この時の客層は見事なまでに銀髪のカップルばかり! ハリウッド映画版(ビング・クロスビー、グレース・ケリー、フランク・シナトラ主演)を観たことのある方が多かったらしく、休憩時には「映画であの役を演じてたのは誰だったかしら」「今日の舞台版もなかなかのものだ」などと、映画版を引き合いに出して語らっている人があちこちで見受けられました。
 
劇場窓口のみならず、空港やホテル、ツーリストインフォメーションで手に入る劇場チラシを集めるのも楽しみの一つ。右はチェルトナムのアマチュアオペラ団体がディズニーから許可を得て上演する『美女と野獣』、中央は今回筆者が観た『上流社会』、左はかつてのポップアイドル、ジェイソン・ドノヴァンがドラッグクイーンに扮する『プリシラ』。

劇場窓口のみならず、空港やホテル、ツーリストインフォメーションで手に入る劇場チラシを集めるのも楽しみの一つ。右はチェルトナムのアマチュアオペラ団体がディズニーから許可を得て上演する『美女と野獣』、中央は今回筆者が観た『上流社会』、左はかつてのポップアイドル、ジェイソン・ドノヴァンがドラッグクイーンに扮する『プリシラ』。

作品は、一度は離婚したカップルが紆余曲折の末、元のさやに納まるまでを描いたミュージカル・コメディ。

コール・ポーターによる軽やかな名曲群が、第一の魅力です。ロンドンの『サウンド・オブ・ミュージック』でマリアを勤めた女優、『アスペクツ・オブ・ラブ』でアレックスを演じた俳優など実力派が主演していたものの、スターのオーラで半分以上が成立してしまう映画版と比べるとどうしても「地味」な印象。

時折「そんなに声を張らなくても、もっとリラックスして歌っては?」と感じる瞬間もありましたが、それでも終盤、二人が本当の愛に気づくくだりで、しっとりした情感が醸し出され、場内は舞台ならではの感動に包まれました。(演出・アンナ・リンストラム)。

波模様のアイアンワークが効果的な装置(フランシス・オコナー)や、小道具を駆使した振付(アンドリュー・ライト)もほどよくお洒落。カーテンコールに響いたチャールストンも華やかで、劇場を去る観客たちの口元は、一様にほころんでいました。
 
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