追加モデルではなく“後継車”
2010年にデビューした4ドアのアストンマーティンラピードが、2013年春のジュネーブショーで、ラピードSへと進化をはたした。そのネーミングから、追加グレードのように思われるかもしれないが、そうではない。アストンマーティンは“後継車”と言うが、いわゆるマイナーチェンジである。グリルが巨大になって、フロントマスクのイメージががらりと変わったため、「おやっ」と思った方は多いだろうけれど、シルエットはまったく変わらない。あとは、せいぜいホイールデザインと、リアトランクリッドがつまみ上がったのみ。
ただ、チーフデザイナーのマレック・ライヒマンも実車を前にして言っていたが、インパクトの強いカオは、おなかの長さを隠す効果があるのだという。なるほど、見る者の視線はまず大きなグリルに向かってそこから後に目線を移すから、不思議と、旧型よりも、低くワイドな構え、に見えるのだった。
それにしても、グリルは巨大である。印象深さ、オシの強さでは歴代アストンマーティンで最高だ。ただ、ナンバーをグリル中央に取り付ければ、いくらかアクの強さも薄まって、見慣れたアストンフェイスになる。グリルの材質は本物のアルミニウムであり、上のふた隅が窪んだデザインとともに、アストンマーティンの伝統をきっちり踏襲しているのだ。国産車で昨今はやりのビッググリル系とは、一線を画する品の良さがある。
この大きくなったグリルには、見ためのデザインのインパクト以外に、もう1つ、大切な機能が託されている。
衝突時の歩行者保護に積極的な役割を果たすよう、設計されているのだ。4つの回転式ピンでボディに取り付けられたアルミニウム製の巨大な1枚グリルは、万が一、歩行者と接触した場合、その衝撃でまずはピンが回転して外れ、グリル全体が内側へと押し込まれるように設計されている。つまり、アルミグリルが、衝突時のインパクトを和らげる1枚の大きな緩衝材として作用するというわけだ。
頭部保護はどうか。他のブランドのように付帯システム、たとえば少量の火薬を使ってフードを持ち上げるポップアップ式など、は採用しない。V12エンジンの搭載位置を、従来モデルよりも19mm下げたことで、アルミフードとエンジンとの間に十分な空間ができ、それがクッションとして作用して、規定の衝撃吸収を達成する、という仕組みだ。
オールアルミ製で軽い部類に入るとはいうものの、車体前半部では“重量物”に違いないV12エンジンの搭載位置を下げることは、そのまま、重心位置を下げることになる。重心位置が下がれば、運動性能が上がる。しかも、この方法ならば、余計なシステムを積まずにすむから、車重も増えない。
とてもシンプルな解決策だが、だからこそ、スポーツカーにとっては大歓迎で、このあたり、巨大資本のメーカーでないにも関わらず、モータースポーツに力を入れてきたエンジニアリング軍団の、超現場的“知恵と工夫”が生きた、と言えそうだ。
その、低い位置に搭載されたエンジンこそが、新型ラピードSのハイライトである。
従来型と同様、6リッターのV12自然吸気エンジンだが、新開発AM11型として、レーシング技術を果敢に応用し、内容・仕様を刷新。最高出力で+81psの558psとパワースペックは大幅にアップし、同時に、燃費性能も2割近く改善した。ちなみに、アストンマーティンのドクター・ウルリッヒ・ベッツ社長は、向こう10年間、V12エンジンを作り続けると自信たっぷりに語っている。
組み合わされるミッションは、“タッチトロニック2”とよばれる6速ATで、トランスアクスル方式とした。トルクコンバーター付きであるにも関わらず、変速フィールはダイナミックのひと言。
もちろん、見どころはパワートレインだけにかぎらない。アストンマーティンのボディ骨格といえばVHアーキテクチャだが、第4世代へと進化、アルミニウムにマグネシム合金、そしてコンポジットを加えたハイブリッドボディとなった。そこに新開発のAW11エンジンを低く積み込み、新たに“トラック”モードを加えた3段階(他は“ノーマル”と“スポーツ”)の電子制御アダプティブダンピングシステムADSと、最適化された“タッチトロニック2”およびスタビリティコントロールDSCを得て、“4ドア・アストンマーティン”のスポーツカー本気度は、いっそう高まったといえそうだ。