絵本/日本の昔話絵本

あなたの知らないもう1つの『ももたろう』

誰でも知っている桃太郎のお話。でも、松居直さんと赤羽末吉さんが作った『ももたろう』は皆さんがご存知のものとは少し違います。まるで創作のような印象の作品も、実は大切に語り継がれた口承文学の丁寧な再話から生まれたものでした。

執筆者:大橋 悦子

金銀財宝を持ち帰らない「ももたろう」がいた!

読者から、松居直さんの名作絵本『ももたろう』についてご質問をいただきました。「松居さんの『ももたろう』は、私の知っているお話とは違います。この作品は松居さんの創作ですか?」と。たしかに、結末だけ見ても大違い。松居さんの『ももたろう』は、鬼が懺悔の証にと差し出した宝物を断り、代わりにお姫さまを助け出すのです。えっ、桃太郎がお姫さまを助け出す? なんだか不思議な桃太郎ですね……。

大切に語り継がれた口承文学をもとにした名作絵本

『ももたろう』の表紙画像

日本画の風格を感じさせる赤羽末吉さんの絵も見どころの絵本

桃太郎は、岡山県がそのゆかりの地として有名ですが、実は、昔話としての桃太郎の類話は全国各地に伝わっています。それらの中には、まるで「三年寝太郎」のような怠け者の桃太郎もいますし、桃太郎は女の子だったというお話まであるほどです。

そんなたくさんの桃太郎のお話の中から、松居さんは「絵本『ももたろう』は、青森県南部地方の五戸という地域に伝わる桃太郎をもとに再話(※)した」と述べています(『絵本をみる眼』 松居直/福音館書店より)。五戸の桃太郎が1番感情豊かだったこと、そして人々の間で語られてきたその語り口が桃太郎のお話にピッタリだったことが決め手になったということです。

そうはいっても、松居さんの『ももたろう』にはやはり驚かされます。桃は、「どんぶらこ、どんぶらこ」ではなく、「つんぶく、かんぶく」と流れてきますし、お爺さん・お婆さんは、ももたろうの鬼退治には大反対。おまけに、お話の結末は、桃太郎が助け出したお姫さまと結婚する嫁取り物語になっているのですから。

けれども、皆さんが、もし1度でも先入観なしにこの絵本を読んでみれば、作品に対する印象が変わるに違いありません。この『ももたろう』からは、お話が語られたその地域の人々の言葉や考え方がとてもよく伝わってくるのです。「つんぶく、かんぶく」という音は、「つんぶら、つんぶら」という南部地方の言葉に似て、いかにも重そうな桃の流れを想起させますし、ももたろうの身を案じ、鬼退治に反対するお爺さん・お婆さんの態度も、子を持つ親なら誰もが共感できるはずです。また、子孫繁栄を何よりの願いとする昔の人々にとっては、嫁取り物語は「めでたし、めでたし」という語りの定番です。

一見、創作かと思われるようなこの作品も、実は昔の人々の暮らしを背景に、大切に語り継がれた口承文学の丁寧な再話であったことが、お分かりいただけると思います。数ある桃太郎絵本の中で、一度は読んでいただきたい作品です。


【書籍データ】
松居直:文 赤羽末吉:画
価格:1155円
発売日:1965/2/20
出版社:福音館書店
推奨年齢:5歳くらいから
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※再話とは、昔話や伝説などを、主に子ども向けにわかりやすく書き直すこと。
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※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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