「世界一」の称号を得た馬がたびたび敗れてきた日本のレース
競馬において、「世界最高峰のレース」とされるのが、毎年、10月第1日曜日にフランスで行われる凱旋門賞(ロンシャン競馬場、芝2400m)。長きにわたり、その年における「世界一」の馬を決めるレースとされてきました。参照記事:競馬の世界一を決める凱旋門賞ってどんなレース?
その凱旋門賞から約1ヵ月半後の11月末に、日本ではジャパンカップ(東京競馬場、芝2400m)というビッグレースが行われます。ジャパンカップは、世界各国から一流の競走馬が招待され、日本の馬と戦うレースで、距離は凱旋門賞と同じ芝コースの2400m。そのため、凱旋門賞を勝ったばかりの馬が参戦するという夢のようなケースがたびたび実現します。
2012年のジャパンカップでも、その年の凱旋門賞を勝ったフランスのソレミアという馬の参戦が決定し、凱旋門賞で2着に敗れた日本のオルフェーヴルとの再戦が注目を集めています。
ですが、実は凱旋門賞馬にとって、日本のレースは鬼門中の鬼門。2011年までに、凱旋門賞を勝ってそのままジャパンカップに参戦した馬が6頭いましたが、勝った馬はおらず、3着が精一杯という厳しい成績。なかには14着と大敗してしまった馬もいます。
しかし、この結果を聞いて「凱旋門賞馬って弱いんだ」とは思わないでください。そこには、苦戦するのもやむを得ない事情があるのです。
同じ競馬でも、ヨーロッパと日本では大きな違いがある
凱旋門賞やジャパンカップが行われるのは同じ芝コースなのですが、しかしヨーロッパと日本では、その芝コースに大きな違いがあるのです。ヨーロッパの競馬場と日本の競馬場を見くらべると、多くの人がその景色の違いに驚くはず。というのも、日本の競馬場は何もないところに一から人工で芝を生やし作ったコースがほとんどですが、ヨーロッパの競馬場、特に競馬の中心地であるイギリスやフランスの場合は、むしろ元からあった広大な草原をアレンジして競馬用のコースにしたところが多い。実際に、競馬場のはるか向こうまで緑の芝が延々と生い茂るところもあり、まさに自然の中に作られている雰囲気を持つのが、ヨーロッパの芝コースなのです。
このような背景や気候の違いなどから、日本とヨーロッパではコースに敷き詰められている芝の長さや密度がまったく違います。日本の芝は丈が短く密度も低い。対してヨーロッパの芝は長く密度も高いため、馬にとって日本の芝コースは堅く、走るのにそれほど力が要りませんが、ヨーロッパの芝は深くて足にまとわりつくように感じます。また、ヨーロッパは雨が多く、ぬかるんだコース状態でレースが行われることが多いのも特徴。その結果、日本の芝コースではスピードが求められ、ヨーロッパの芝コースではスタミナやパワーが求められるのです。
このように、日本とヨーロッパでは同じ芝コースでも求められる能力に大きな差があるため、世界一の馬が苦戦してしまうのです。
その証拠に、凱旋門賞とジャパンカップは同じ距離で行われますが、日本の芝は堅くスピードが出るため、多くの年でジャパンカップのほうが凱旋門賞より2~3秒以上早いタイムでの決着。日本のレースは、ヨーロッパではあまり経験しないスピードレースになるため、凱旋門賞馬は苦戦してしまうのです。
1999年のジャパンカップに参戦したフランスのモンジューという馬は、その年の凱旋門賞を2分38秒5というタイムで勝っていました。この時の凱旋門賞は雨の影響で芝が大量の水分を含んでおり、非常に遅いタイムでの決着。そのモンジューが挑んだジャパンカップは2分25秒5というレースタイムで、モンジューは4着。凱旋門賞とは実に10秒以上の差があるのですから、いくら世界一の馬といえども、さすがに戸惑ってしまいます。私はむしろ、日本の早いタイムにここまで対応したモンジューに能力の高さを感じました。
しかし、日本とヨーロッパにおける違いは「芝」だけではありません。次ページでは、もう1つの大きな違いを説明します。