キケンその3 : 自然損耗や経年劣化の原状回復費用まで賃借人には請求できない
原状回復費用は一体、誰が負担するべきなのだろうか?
ここで、1つ裁判例をご紹介しましょう。原状回復の特約が否認された事例です。
【裁判の概要】
賃借人は、住宅供給公社を賃貸人とする特定優良賃貸マンション一室の賃貸借契約を締結して入居しました。そして2年間、住んだ後、賃貸借契約の終了によって住戸を明け渡したところ、敷金36万円余からクロスの貼り替え、玄関の鍵の取り替えなどの住宅復旧費として21万円余が差し引かれ、残りの金額が賃借人に返還されました。
賃借人は、賃貸借契約には通常損耗分を借り主負担とする趣旨の文言はなく、特約による新たな義務を負担する認識はなかったとし、特約にかかる合意は存在せず、この特約は公序良俗に反するものとして私法上の効力を否定すべきであると主張。敷金から差し引かれた金員の返還を求めて提訴しました。
【判決の要旨】
一審の大阪地方裁判所では賃借人の請求が棄却されたため、これを不服として高裁へ控訴。二審の大阪高裁では一転、賃借人の主張が認められ、以下の理由により原状回復の特約が否認されました(大阪高裁 2003年11月21日判決)。
- 一般に、賃貸借契約終了時における通常損耗による原状回復費用は、特約がない限り、これを賃料とは別に賃借人に負担させることはできず、賃貸人が負担すべきものと解するのが相当である。
- 本件特約の成立は、賃借人がその趣旨を十分に理解し、自由な意思に基づいてこれに同意したことが積極的に認定されない限り、安易に認めるべきではない。
- 形式的手続きの履践(りせん=実行)のみをもって、賃借人が特約の趣旨を理解し、自由な意思に基づいてこれに同意したと認めることはできない。
「貸し主」「借り主」両者の合意があって初めて、特約は有効に成立する
判例から導けることは、賃貸人が自宅を貸す場合、賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識しているか、賃借人が特約による義務負担の意思表示をしているかどうか ―― の確認を怠ってはならないということです。民法には、自由な意志に基づき自由に契約の内容や方式を決定できるという「契約自由の原則」があるため、強行規定に反しない限り、修繕等の義務を賃借人に負わせることは可能です。
しかし、その特約を有効にするには、特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的・合理的理由が存在することが必須となります。判例にあったように、賃貸人は形式的手続きの履践のみで同意したと誤解してはなりません。ましてや、貸し手側の優位的地位を乱用したり、借り手の知識不足につけ込んで契約を迫るなどの蛮行は絶対にあってはなりません。契約の相手方に不利益を与えるような特約はいかなる場合も無効です。
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以上、述べてきたように、家を貸すにはいくつものキケンが内在しています。安易に賃貸に出そうという発想は改める必要があります。用意周到さが求められるわけです。リスクフリーの賃貸経営の実現に、本コラムがお役に立つことを期待しています。
(まとめ) 今の家を貸す場合の3つのキケン
1.「希望賃料」と「手取り賃料」は、まず一致しないと心得よ!
2.正当事由なくして、オーナーからの契約解除の申し出は受け入れられない
3.自然損耗や経年劣化の原状回復費用まで賃借人には請求できない