絵本/おすすめロングセラー絵本

『やこうれっしゃ』で絵本の世界を旅しよう(2ページ目)

乗り物絵本は、いつの時代も子どもたちに人気があります。今回は、そんな乗り物絵本の中から、字のない絵本『やこうれっしゃ』をご紹介します。舞台は、上野発の夜行列車。ほら、発車のベルが、もうすぐ鳴り響きそうですよ……

執筆者:大橋 悦子

絵本の世界に広がる「静寂」を楽しもう

夜行列車のイメージ画像

『やこうれっしゃ』なら、列車に乗っているような臨場感を味わえそうです


列車は、たくさんの乗客を乗せ、一路金沢を目指します。車内では、仲間とトランプを始める人、お酒を酌み交わす人、駅弁を広げる人など、それぞれが思い思いに過ごしています。その様子は懐かしい昭和そのもので、時代を感じさせますが、今の子どもたちにとっては、それもまた古き時代にタイムスリップしたようで、新鮮な魅力でもあるようです。

夜更けて、乗客が眠りについたころ、この絵本はクライマックスを迎えます。それは、字のない絵本だけが表現できる特別な静寂さ。思わず息をこらしてしまうほどの静かな場面が続きます。音が聞こえないのではありません。むしろその逆で、大きな車輪の音に混ざって、小さな音までもが聞こえてくるのです。降りしきる雪、人々の寝息、幼子がそっとトイレへ向かう音…… 文章が書かれていれば、決して注目されないであろうかすかな音たちが、この場面からは確かに聞こえてきます。その小さな音が、深夜の車内の静けさを際立たせると同時に、まるで自分がそこにいるかのような臨場感をもたらしてくれます。

絵本の世界に遊ぶとは、このような臨場感を指すのでしょうか。それは、現実と虚構の境界があいまいに感じられる特別な体験です。文章に頼らず、自分の過去の経験や空想によって、夜行列車の世界を作り上げる面白さ! 文字のないこの絵本には、 限りなく広がり深まっていく夜行列車の世界を、親も子も自然に体験できる楽しさがあるのです。

空の色が変わり、朝を迎えると、列車は無事終点に到着です。例の親子連れは里帰りだったようで、迎えの祖父母と談笑しています。おじさんが抱えていた大きな箱は、息子さんへのお土産でしたね。上野駅で出会ったたくさんの人たちの旅も終わりです。最後のシーンには、赤い学生鞄を提げた通学途中の女学生が描かれ、長旅の終わりと共に、新しい1日の始まりを告げています。


【書籍DATA】
西村繁男
価格:840円
発売日:1983/3/5  (「こどものとも」での初出は、1980/3/1)
出版社:福音館書店
推奨年齢:4歳くらいから
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