年金損得論者、世代間不公平論者の憂鬱

年金損得論を述べる人はたくさんいます。経済系の識者、ジャーナリストの多くは、納めた保険料が戻ってくるかを取り上げ、戻ってこない可能性があるから損であるとします。あるいは世代間で比較をし、今の20歳代、40歳代、60歳代を比較し、上の世代ほど得をし、下の世代ほど損だと主張します。

たぶん、ほとんどの人が「世代間で損得があるとはけしからん」と思っているでしょうし、「損得があってはならない」と思っているのではないでしょうか
でも、それは本当でしょうか? 残念ながら、年金損得論者や世代間不公平論者は物事の一部分だけを取り上げて「損だ」「不公平だ」と述べています。また、彼らが今の年金制度とその改革の方向性を批判するたび、実は「損や不公平が放置される可能性」があります。

不公平論者の主張が不公平を助長するというのは一見おかしな話です。少し考えてみたいと思います。

損得論者、不公平論者が答えられない3つの問い

よく、年金保険料は納めた分以上を返すべきだというのですが、実はこの設問自体が誤っています。いくつか質問をしてみたいと思います。

問い1)あなたは所得税や住民税、消費税について「納めた分、自分に返ってくるべき」だと思うのですか?
あるいは健康保険料が「納めた分自分に返ってくるべきだと思います」か。いろいろある国への納付義務のうち、なぜ年金保険料だけ損だというのですか。もし本気でそう思うのなら、年金に主張するのと同程度に税金や健康保険料についても損得論を考えるべきではありませんか?

国への負担より多くサービスを受ける人と、国への負担のほうが受けられるサービスを上回る人がいるのは当然ですが、なぜ年金保険料だけは「払った分回収する」という発想があるのですか(健康保険料を例にとれば、病気の人は保険料以上の給付があり、健康な人は保険料はほぼ全額が払い損です)。
そこまで考えたとき、損得や世代間不公平の解消は実現可能だと本気で思いますか

問い2)あなたは、今の損得論はあくまで平均寿命にのっとった損得であり、老齢に至るまでに亡くなれば、誰でも明らかに大損であることを知っていますか。また、平均寿命より若くして亡くなれば60歳代や70歳代の世代でも払い損はありうることを知っていますか?

長生きしなかった人は、年金保険料としていえばもらい損や掛け捨てになります。しかし、掛け捨てになった年金保険料は他の者の保険料抑制に役立ったり、平均より長生きする者の年金原資になったりすることを踏まえてもなお「納めた分だけ自分に戻せ」と考えますか?(公的年金制度に掛け捨ての仕組みを組み入れるよう提言した識者がありますが、それはすでに制度上織り込まれています)

また、若くして障害が残った場合は生涯ずっと障害年金を受けられたり、早期に亡くなった場合は子に遺族年金が出ますが、これは明らかに「保険料以上の給付をもらう」ことになります。これは損得論としては納得できない仕組みだと思いますが、やはり許されないと主張しますか。

問い3)あなたは他の者より長生きをした場合に、国の年金額は1円も減らされずに存命の限り何十年でも給付され続けることをご存じですか。現在でも平均的に20年前後年金をもらう時代ですが、仮に100歳まで長生きすれば、他の人より175%も多く年金をもらいます。どのような世代であっても、人より10年も長生きすれば年金で損をすることはないでしょう

実態として、65歳の頃の平均余命を超えてもなおかなり多くの日本人が生存し続け年金を受け続けます。損得論者、不公平論者は、これも「不公平」と考えるべきだと思いますが、例えば85歳で年金支給打ち切りにすべきで、その後は自分の財産だけでやりくりしろと考えますか? 人よりも長生きをした人のための財源を損得論で考えれば、早期に亡くなった人に支払う予定であった財源からまかなうことになります。早くに亡くなった人にとっては損であり、不公平になりますが、それでもやはり是正すべきですか?

まずは3つ質問を投げかけてみました。おそらくこれら3つの問いをきちんと踏まえて「損得論」「世代間不公平論」を展開している論者はいないのではないかと思います。ほとんどの人は「それはこの問題とは関係ない」と逃げるかもしれません。いずれも損得とか不公平という議論がなじまないテーマだと感じるのではないでしょうか。

なぜなら、これらの議論は社会保障としての年金の本質であり、経済的合理性とは異なる議論であるからです。年金は貯蓄ではありません。なのに個人の経済的損得だけで語るから話がズレていくのです。

もう少し考えてみましょう。
損得論者の主張通りだとむしろもっと損得が拡大する?次ページへ